メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

NHK土曜ドラマと今ここにある大学の危機について

大学人が見た松坂桃李主演「今ここにある危機とぼくの好感度について」

中村征樹 大阪大学全学教育推進機構准教授

「今ここにある危機とぼくの好感度について」の主人公、神崎真(松坂桃李)=NHK提供
「正論、ダメ、絶対!」

「極力意味のあることは言わない。なんか言ってるけどなにも言ってないってのが一番いいんです」

  そんなあられもない言葉を相次いで口にする名門国立大学の広報マンたち。現在放映中のNHK土曜ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」の展開は、ブラックコメディを謳うだけあり、なかなかに刺激的である。

 松坂桃李演じる落ち目のイケメン・アナウンサー神崎真(まこと)は、意味のあることを言わないことが買われてかつての恩師・三芳総長(松重豊)にスカウトされ、帝都大学の広報課職員へと転職する。その帝都大学では、スター教授の研究不正疑惑や、講演会ゲストのネット炎上といったトラブルが次々と巻き起こる。大学の理事たちは、大学人としての誇りも責任感もどこへやら、恥ずかしげもなく疑惑の隠ぺいやイベントの中止を企てる。そこで広報職員である神崎に期待されたのが、そのような理事たちの姑息な企てを成功させることだった。

 ストーリーはまったくのフィクションで、登場人物たちもかなり個性的だし、いろいろありえないことばかりだ。それにもかかわらず、妙にリアルである。このリアルさはいったい何なのだろうか。そんなことを考えてしまう。

 「今ここにある危機」が大学を舞台に描きながらも、現代社会や政治の問題に切り込んだブラックコメディであることは、登場人物たちのセリフや振る舞いからも容易に察することができる。SNSでの反応を見ていても、多くの視聴者は「今ここにある危機」を、現代社会を風刺したドラマとして観ている様子である。

 とはいえ、大学関係者としては、どうしても現実の大学の問題と重ね合わせて観てしまう。今回、研究不正調査考証というかたちでドラマ制作に協力させていただいたのだが、その立場を差し置いても、ドラマが描く大学にリアリティーがあると感じてしまう。それだけでなく、舞台が大学であることには必然性があるのではないかとも思ってしまう。

「今ここにある危機」が描きだす大学の窮状

 ドラマの中の帝都大学が置かれた環境は、かなりシビアである。

 国からの安定的な財源である運営費交付金が削減され、大学は金策に四苦八苦している。好感度だけは高い神崎に広報へのお声がかかったのも、国や企業からの資金をめぐる争奪戦を勝ち抜くためだった。とはいえ、そんな神崎の身分も任期5年の有期雇用だ。

理事たちの命を受け、木嶋みのり(鈴木杏)に接触する神崎真=NHK提供

 また、研究不正を告発した木嶋みのり(鈴木杏)も有期雇用のポスドク研究員で、5年のプロジェクトが終わるとともに雇い止めにされる定めにあった。第1話では理事たちがその後のポストと引き換えに不正の隠ぺいを持ちかけたが、それも彼女の不安定な立場に乗じてのことだ。その境遇を他人事とは思えなかった若手研究者も少なくなかったのではないか。

 大学関係者の思いを代弁するかのようなセリフもしばしば登場する。第3話では三芳総長の盟友の水田理事(古舘寛治)が神崎に、基礎研究の重要性を説く。

 「この世界というのは人間の想像をはるかに超えて複雑であり、将来どの研究が人間の役に立ったり危機を救うかなんて絶対予測でけへん。けど国も企業もすぐ金になるような研究を大学にさせたがるし、いつ役に立つかわからんような研究は無駄無駄言われて、どんどん消えていく」

 その言葉に、多くの大学関係者がわが意を得たりと感じたことだろう。昨今の大学では、イノベーションへの貢献や、短期的に成果をあげることばかりが重視され、長期的なスパンから腰をおちつけて研究に取り組むことがむずかしくなっている。しかし、そのような研究こそが、大学の存在意義ではないのか。そのようなメッセージが多くの視聴者に共感をもって受け止められていればと思う。

「言論の自由」を守った総長の決断

 しかし、「今ここにある危機」のおもしろさは、

・・・ログインして読む
(残り:約1987文字/本文:約3627文字)