体内で他者を識別する分子の意外なからくり、米国生活で実感する受容の大切さ
2021年06月04日
「フリーダム!」
ファイザー・ビオンテックのmRNAワクチン2回目の接種を終えた直後、久々にニューヨーク・タイムズスクエアのビルボードを見上げた時、自然に心に湧き上がった言葉だ。マスクを外し、クリスピー・クリームでワクチン接種者に無料で提供されていた甘いドーナツを頬張った。
昨年3月、この街に新型コロナウイルスの大波が押し寄せ、ロックフェラー大学にある筆者の研究室も2カ月間閉鎖された。その際「一番大切な目標は、全員生き抜くこと」とメンバーに伝えたが、幸い誰一人感染することなくワクチン接種までたどり着いた。全職員・学生の毎日の健康状態報告、マスク着用義務づけ、週一回のPCR検査、対面会議・会食の禁止などの感染防止ガイドライン作成と運用システムの構築が迅速に行われたおかげである。職員・学生の84%がワクチン接種を完了したことを受け、マスクを外した対面でのミーティングも再開できた。長いトンネルを抜け、眩しい春の日射しがことさら嬉しい。
この革命的なmRNAワクチン開発の立役者、カリコ博士の記事を寄稿した半年前には、まだ数万人レベルの治験データしか無かったが、最近ではイスラエルでワクチン接種を終えた450万人のデータから、感染予防効果95.3%という驚異的な結果が報告されている。ワクチン接種は自分自身への感染だけでなく、他者への感染をも高い確率で防ぐことができ、大きな安心感を得られる。早く日本を含め、世界中の人々にワクチンが行き届いて欲しい。
ロックダウン中には嬉しい出来事もあった。その一つは、東京大学・胡桃坂仁志教授、鯨井智也博士らとの共同研究の成果を、米科学誌『サイエンス』に発表できたことだ。ウイルス感染に対する免疫システムに関わる研究であるが、自己と他者をどうやって識別するのかという、人間社会でも日常的に行われているプロセスと似た問題である。本稿では、この研究を簡単に紹介しつつ、「識別」と「受容」ということについて考えてみたい。
先日、新型コロナウイルス感染対策として、地元住民に外国人と食事しないよう呼びかける文書を作成していた保健所があったことが報道された。
ウイルス蔓延国から入国後に隔離期間を設けるのは一般的な感染対策であるが、外国人の日本入国が厳しく制限されていることを考慮すると、既に国内にいる外国人の方が安全という見方もできる。オリンピックに参加するために来日する選手たちも、ワクチン接種を完了しているならば、未接種の一般の日本人よりも感染クラスターを引き起こす可能性は低く、選手達を厳重に隔離する必要性に疑問を感じる。「外国発の変異ウイルス」と「外国人」という言葉の中での「外国」というキーワードが一致しただけで、感染対策としては的外れなものが考えられてしまったのだろう。
残念ながら、外国人差別はアメリカでも頻発している。「中国ウイルス」、(カンフーとインフルエンザを掛けた)「カンフルー」など中国を侮蔑したトランプ大統領のツイートが、アジア系アメリカ人に対する暴言や暴力行為を誘発したとの解析結果も報告されている。1982年には、日本車の進出によって斜陽となったミシガンの自動車工場関係者3人が、結婚式を目前に控えた中国系アメリカ人の青年を日本人と勘違いして撲殺するという痛ましい事件もおこった。社会にストレスがかかった場合、本質とは関係ない特徴によってスケープゴートが作られ、憎悪が連鎖することになりかねない。
さて、人間の体内には、外部から侵入してきた異物を識別する免疫システムが備わっている。抗体は、異物の分子レベルの特徴を認識して防御反応を起動させる。ところが、初見のウイルスに曝露した場合、効果的に反応できる中和抗体の備蓄が無いため対応できない。その問題を解決するのがワクチンだ。あらかじめワクチンを接種しておけば、ウイルスの特徴を認識する中和抗体が記憶されるので、後にウイルスに曝露されたとき素早く対応できるようになる。このように、
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