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旧石器人の立場に立つと、アジアを知りたくなる

コロナ渦の今こそ見直したい「人間の価値」

海部陽介 東京大学総合研究博物館教授(人類進化学)

「3万年前の航海」再現の目的は旧石器人への偏見打破

拡大実験航海の活動を記録した映画『スギメ』。スギメとは、実験で使われた丸木舟の名前。
https://www.kahaku.go.jp/sugime/
 台湾から日本列島への入り口となる与那国島まで丸木舟で漕ぎ着くことに成功した「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」(2016−2019:国立科学博物館主催・国立台湾史前文化博物館共催)の記録映画が、7月17日からオンデマンド配信される。

 この冒険的なプロジェクトを私たちが危険を承知で実行したのは、旧石器時代の祖先たちが過小評価されていると感じ、その誤解を解きたいと思ったからだ。3万年前の旧石器人は原始的な文化しか持たないかわいそうな人たち――そんなイメージを持つ人が多くないだろうか。

 人はよく知らない相手に、筋違いの偏見を抱くことがある。それは差別の温床になるやっかいなことだが、そうした他者とのすれ違いを避けるには、相手の立場に立ってみるのがよい。私たちは旧石器人の立場に立ってみて、多くの人が持つイメージは「筋違いの偏見」だと確信した。それどころか、旧石器人に尊敬の念を抱かずにはいられなくなった。

 今を生きる人と人の間にも、偏見ははびこり、日常的に摩擦が起きている。例をあげるなら、店員や鉄道職員に対して客が浴びせる怒号や、学校や役所への過度なクレームなどは、相手に対する不理解と敬意の欠如の現れだろう。発している当人は正義感で行っているのかもしれないが、第三者から見れば不快で、そのうえ相手の意欲を挫きはしても最良の効果を生むわけではない。

 コロナ渦で気持ちが荒みがちという事情もあるだろう。だが、だからこそ、相手の立場に立って考えることの大切さ、お互いが持つ「人間の価値」を認め合うという相互理解の基本を再確認したい。そして、私たちはアジアの中でお互いにもっと知り合う必要があると訴えたいと思う。

知られていない台湾の豊かな文化

 プロジェクトについて語る前に、台湾での忘れられない体験を紹介しよう。この島の中央山脈から東部一帯にかけては、現地名称で「原住民」と呼ばれる先住民族が多く暮らしている。私は実験プロジェクトで初めて彼らと密に交流し、少なからぬショックを受けた。

 16の民族から成る台湾原住民はそれぞれ独自の文化を持ち、互いの言葉が全く通じないことも稀でないほど多様だ。彼らは17世紀以降に大陸から移住してきた漢民族の前で少数派に転じていて、その多くは経済的に裕福ではない。しかしだから不幸せというわけではなく、私にはむしろ羨ましいと思えることも多々あった。

拡大台東県にある原住民のアミ族の村で行われた収穫祭で記念写真におさまる筆者(右から4人目)=2016年8月

 例えば、

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筆者

海部陽介

海部陽介(かいふ・ようすけ) 東京大学総合研究博物館教授(人類進化学)

1969年生まれ。1992年東京大学理学部人類学教室卒、1995年に東大大学院を中退して国立科学博物館へ。人類研究部の研究主幹などを務め、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表に。2020年より現職。著書に『サピエンス日本上陸 3万年前の大航海 』(講談社)、『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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