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熱海の土石流は人新世の到来を実感させる

沖縄の「人間の安全保障」のために食と農を守る

桜井国俊 沖縄大学名誉教授、沖縄環境ネットワーク世話人

 7月3日、毎朝の習慣で地元2紙に目を通し、次いで朝日新聞デジタルの記事見出しを目で追っている時だった。「熱海市伊豆山で土石流」という号外見出しが目に飛び込んできた。熱海市伊豆山は筆者の故郷である。102歳になる父親が、弟夫婦、妹夫婦の近くで暮らしている。

土砂とがれきに覆われた道路は通行できなくなっていた=2021年7月3日、静岡県熱海市 土砂とがれきに覆われた道路は通行できなくなっていた=2021年7月3日、静岡県熱海市

 慌てて父に電話を入れると、ちょうどこの日、お中元で送った好物の甘い物が届いたのか、「ありがとう。今、受け取ったよ」という拍子抜けの返事。まずは一安心とテレビをつけると、そこではすさまじい土石流の動画が繰り返し放映されていた。母親の菩提(ぼだい)寺の住職と思われる方の、突然の土石流でいかに驚愕(きょうがく)したかとのコメントが紹介されている。あまりに突然の出来事で言葉を失ってしまった。筆者が知る限り、熱海での土石流の発生は初めてである。

人新世の到来を実感する

 筆者は「環境学」を専門としており、20世紀後半以降人間の諸活動が地球の受容能力をしのぐようになり、気候危機などの地球環境の諸問題が無視しがたいものとなってきているとの情報には数多く接している。もちろん、いまベストセラーとなっている斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』も読んでいる。

 しかし、ミカン農家として日々自然と接している父親の情報の方が筆者にとってはより説得力があった。かねてより彼はミカンの最適品種が、南から北へと移動していることを私に語っていたのである。明らかに気候変動の影響である。

雨の中で開かれた沖縄全戦没者追悼式=2021年6月23日、沖縄県糸満市雨の中で開かれた沖縄全戦没者追悼式=2021年6月23日、沖縄県糸満市
 そんな筆者にとって、今年の6月23日の慰霊の日が雨の中だったのはやはり違和感があった。例年であれば梅雨明けし、真夏の太陽の下で多くの人々が参列し、沖縄戦で命を落とした20万人余をしのび、恒久平和を願うのが「沖縄全戦没者追悼式」だからだ。

 その違和感がさらに高まり、気候が明らかに変わりつつあると実感したのは、6月下旬に数日間にわたって沖縄本島地方を襲った局地的豪雨によってであった。

 本島地方では梅雨前線の影響で数日にわたり激しい雨が続いていたが、6月29日午前2時49分、気象庁は「線状降水帯」が発生したとして「顕著な大雨に関する気象情報」を速報した。「命に危険が及ぶ災害発生の危険性が、急激に高まっている」と、身の安全の確保を求めたのである。

 同情報は6月17日から運用が始まったばかりで、全国初の発表であった。人身の被害は報告されなかったが、沖縄本島の各所で土砂崩れの被害が発生した。

 6月29日の沖縄本島での日本初の線状降水帯情報の発表、7月3日の熱海市伊豆山の土石流発生は、人類が地球を破壊し尽くす時代と定義される人新世の到来を、身近な問題として筆者に実感させることとなったのである。

「人間の安全保障」に集中する

 人新世の時代、大事なのは限られた資源を「人間の安全保障」に集中させることである。にもかかわらず沖縄から見ていると、

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