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震災から10年が過ぎても再開できないシイタケ原木の生産

福島県の放射能汚染地に残された林業の課題にどう向き合うか

米山正寛 朝日新聞社員、ナチュラリスト

 東日本大震災による津波に起因した福島第一原子力発電所の事故から10年が過ぎた。今もなお多くの場所で生産再開の目途が立たない林業の営みの一つが、豊かな広葉樹林を生かしたシイタケ原木の生産だ。

拡大遠景が、秋に紅葉したシイタケ原木林。左側の若い林では、原木林再生のための試験が行われている=三浦覚さん撮影

生産が止まった全国への供給地

 現在のシイタケ栽培は、おが粉などを利用して育てる菌床栽培が多くを占めているが、以前はコナラやクヌギなどの丸太を伐り出して菌を植え付けて育てる原木栽培が主流だった。そして今も天然に近い味や香りを求めて原木栽培を続ける人たちがいる。福島県は震災以前、他の都道府県への原木供給量では全国一を誇っていた。

 なかでも福島第一原発から15~30kmの距離にある田村市都路地区は、県内有数の優良原木の産地として、県外へ多くの原木を供給していた。1980年代の最盛期には年間100万本近くを出荷したとされ、震災前も約20万本の生産を続けていた。しかし、原発から放出された放射性物質の影響で森林が汚染され、シイタケ原木を生産できなくなった。半減期約30年の放射性セシウム137などが今も森林に残って原木を汚染し続けている。

食品より厳しい原木の指標値

 農林水産省は事故翌年の2012年4月から、シイタケ原木として安全に利用することができる放射性物質濃度の指標値を1キログラム当たり50ベクレルとした。きのこはセシウムを吸収しやすい特性を持つ。同時期に一律100ベクレルと定められた一般食品の基準値をシイタケが満たすようにするため、それを育てる原木に対して食品以上の厳しい指標値が設定された。

 だが、放射性物質が降り注いだ広葉樹林で、この指標値を下回る濃度の原木を、安定して供出していくことはまだ難しい。原木生産の再開、あるいは広葉樹林の新たな活用に向けてはどんな道筋があるのか。事故から10年という節目を過ぎたのを機に、原木林の管理を続けるふくしま中央森林組合都路事業所と協力して研究を続けてきた森林総合研究所震災復興・放射性物質研究拠点の三浦覚(みうら・さとる)・研究専門員に話を聞いた。

*   *   *

――都路地区との関わりを教えてほしい。

拡大三浦覚さん=写真家の田嶋雅己さん撮影

 原発事故のあと、森林総研が林野庁とともに福島県内の川内村などで始めたスギ林などのモニタリング調査に加わっていた。そして2013年11月から、森林汚染の研究と教育を進めるための人材を求めていた東京大学へ2年間派遣されることとなった。その時に何が問題になっているのかを、福島県庁や福島県森林組合連合会の方々に改めて尋ねると、「スギやヒノキも困っているが、どうにもならないのがシイタケ原木林だ」と教えられた。

答えられなかった初対面時の問いかけ

 紹介を受けて都路事業所を初めて訪ねたとき、当時の組合長さんたちに「林業はふところが深くて、だめなら伐らずにしばらく待つこともできる。ここの原木はいつになったら売れるようになるのでしょうか」と問われた。事故以降に原木の生産が止まってしまい、先行きが全く見えない状態だったからだ。そのときは何も答えられず、とっさに「2年待ってほしい」と言った。派遣期間の2年が終わるころには、何かがわかるだろうと考えての言葉だった。いまだにはっきりした答えを導き出せないのは、忸怩(じくじ)たる思いだ。

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筆者

米山正寛

米山正寛(よねやま・まさひろ) 朝日新聞社員、ナチュラリスト

朝日新聞社で、長く科学記者として取材と執筆に当たってきたほか、「科学朝日」や「サイアス」の編集部員、公益財団法人森林文化協会事務局長補佐兼「グリーン・パワー」編集長などを務めた。2021年4月からイベント戦略事務局員に。ナチュラリストを名乗れるように、自然史科学や農林水産技術などへ引き続き関心を寄せていく。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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