常に嘘偽りなく状況を国民に明示することこそ最も大事
2021年08月02日
この種の問題を考えるときは、どうしても記事を書く側のスタンスが問われる。このままタンクをつくり続け、あと100年間は保管すべきだというスタンスもあるだろうが、私は海洋放出の決定を一歩前進と受け止め、事態打開のために国民にどういう説明が必要かを考えるというスタンスに立つ。
そこで、複雑そうにみえる問題の構図を理解しやすいように4つのポイントに分けてみた。1つはタンクにたまっている水には2種類あること。2つ目は放射性物質のトリチウムを含む処理水は国内外の他の原子力発電所からも排出されていること。3つ目はトリチウム自体は自然界でも発生し、人の体内や川、雨水などにも含まれていること。そして4つ目は、政府と東京電力の使命について。常に嘘偽りなく状況を国民に明示することこそ最も大事なことであり、両者のコミュニケーション力の巧拙がこれからのカギを握ると言えそうだ。
1つ目のポイントの「2種類の水」とは何か。簡単に言うと、1000基余りのタンクのうち、約3割は海へ流してもよい「処理水」になっているが、残る約7割は除去すべき放射性物質が残っている「不完全な処理水」(東京電力の呼称では「処理途上水」)だということだ。
ではなぜ、7割のタンク水は不完全処理なのか。それを理解するには、タンクにたまる水の出どころを知る必要がある。ご存じのように、2011年3月11日に起きた巨大地震と津波により、福島第一原発は全電源を喪失し、原子炉を冷やすことができなくなり、メルトダウン(炉心溶融)を起こした。原子炉内部にたまった溶融燃料は熱を出し続けるので、それを冷やすために水をかけているが、この燃料デブリに触れた水が汚染水だ。さらに、壊れた原子炉建屋へは地下水や雨水も侵入してくる。それらも燃料デブリに触れる。
つまり、これらの水が「汚染水」として今も毎日、発生しているのだ。この汚染水には、放射性物質のトリチウムのほか、ストロンチウム89やヨウ素129など62種類の放射性物質が含まれている。当然ながら、それをそのまま海へ流すことはできない。
そこで、流せるような水にするために、2013年から稼働させているのが「多核種除去施設(ALPS、アルプス)」である。狙い通りなら、62種類の放射性物質は環境放出基準以下に除去されるはずだったが、事故当初は、時間をかけてゆっくりと除去している余裕がなかった。まずは粗く除去し、処理するスピードを優先したのだ。このため、約7割のタンク水は、放出基準を超える放射性物質が残ったままになった。
一方、3割のタンクは、62種類の放射性物質は基準以下になっているものの、トリチウム(三重水素、放射線量が半分になる半減期は約12年)だけは残っている。トリチウムは化学的な性質は水素と同じで、水の分子に組み込まれる形で存在しているため、除去することは極めて難しい。
つまり、海へ流してもよい「処理水」とは、除去し切れないトリチウムと放出基準以下まで除去された放射性物質が残った水を言う。
この事実が正しく伝わっていなかった。メディア関係者を含め多くの人からは「まさか7割のタンクに環境放出基準を超える放射性物質が含まれているとは思わなかった」という驚きの声をよく聞いた。最初から、国民の多くがこのことを知っていれば、「政府や東京電力が情報を隠していた」といった批判は起きなかっただろう。
2つ目のポイントは、トリチウムを含む処理水を海や大気へ放出するのは珍しいことではないということだ。
韓国や中国からは日本の海洋放出に対する反対する意見がメディアを通じて聞こえてくるが、これに対しては、政府は情報発信をもっと頻繁におこなう努力が必要だろう。
3つ目のポイントは、トリチウムの性質を正しく伝えることだ。普通の水素は、
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