大阪市大から米国へ、次々と出た画期的アイデアの秘密はどこに
2021年08月16日
2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎さんは、米国での研究生活が長かったためか、日本社会での知名度はあまり高くない。しかし、物理学者の間ではきわめてよく知られ、尊敬を集めている存在だ。今年は2015年に亡くなった南部さんの生誕100年にあたる。物理学者が仰ぎ見る輝かしい業績はどのように達成されたのか、足跡をたどった。
研究所入り口の壁には、小さな多数の三角柱が同じ方向に向けて埋め込まれた装飾がある。きれいな装飾だが、実はこれはノーベル賞を受賞した理由である「自発的対称性の破れ」を表現している。
鉛筆をそっと立ててみよう。この状態の鉛筆は不安定でいずれ、倒れてしまう。倒れる前は特別な向きはなく対称だが、倒れた途端に特別な向きができる。つまり、「対称性」が「自発的」に「破れた」わけだ。
考え方自体は昔からあった。鉄などの金属を熱すると、原子レベルの小さな磁石の向きはバラバラになるが、冷えるとある方向に自発的にそろい、強い磁性の原因となる。研究所の壁に埋め込まれた三角柱はこの様子をイメージしたものだ。このような磁性の研究は、「物性物理学」と呼ばれる分野で扱われる。
南部さんへのノーベル賞の受賞理由をよく見ると、「素粒子物理学と核物理学における自発的対称性の破れの発見」と書いてある。「自発的対称性の破れ」の前に但し書きがついているのは、もともと物性物理学では知られていたことを、素粒子物理学でも見つけたということなのだ。
素粒子物理学は、「宇宙の始まりでは何が起きたのか」「空間とは何か」といった根源的な問いに対する答えを探る。すぐに何かの役に立つわけではない分野だ。日本人のノーベル物理学賞受賞者では、湯川秀樹博士、朝永振一郎博士らがこの分野の研究者だ。
一方の物性物理学は、手に取って見ることができる金属や半導体などの物質を調べる。ノーベル賞学者では江崎玲於奈博士、赤崎勇博士らがこの分野で活躍し、産業応用も多く工学に近い。
この二つは、同じ物理学とはいっても研究手法や考え方がかなり異なり、人脈も異なる。「壁」があるといっていい。歴史が長いのは物性物理学の方で、南部さんが卒業したころの東大では、素粒子物理学の講座はなかった。
一方、当時の大阪市は、商学部と医学部を母体にして理工学部も含む総合大学を新設するにあたり、研究者を求めていた。実際、有力な素粒子物理学の若手研究者を東大から次々と引き抜いた。その一人が南部さんだった。
南部さんは2009年の講演でこんな話をしている。
「私は
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