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日本科学未来館新館長、全盲のIBMフェロー浅川智恵子さんが記者会見

開館20年で毛利衛さんから交代、その背景は

高橋真理子 朝日新聞科学コーディネーター

 東京・台場地区にある日本科学未来館の館長が今年4月、毛利衛さんからIBMフェローの浅川智恵子さんに代わった。2014年から米国で研究生活を送ってきた浅川さんは、新型コロナの影響で帰国が遅れ、8月25日に就任後初の記者会見に臨んだ。

拡大館長就任後に初めて記者会見する浅川智恵子さん=2021年8月25日、日本科学未来館

 浅川さんは、1985年に日本アイ・ビー・エムに入社して以来、「障害者が困っていることを技術で助ける」という研究を一貫して続けてきた。会見では「科学未来館が誰にとってもアクセシブルなミュージアムとして世界のモデルになるようにしたい」と抱負を語った。

 開館から20年たって初めての館長交代。初代館長が長く務めた背景とともに、未来館のこれからを探ってみたい。

視覚障害者のためのシステム開発でIBMフェローに

 浅川さんは62歳。小学校時代のプールでのけがが元で視力が衰え始め、中学2年生で失明した。追手門学院大学英文科を卒業後、日本ライトハウスでプログラミングを学び、日本IBM東京基礎研究所に入った。「日本語デジタル点字システム」「史上初の実用的な音声WEBブラウザ(ホームページリーダー)」などを開発し、注目されるようになった。2009年にはIBMフェローに就任。これはIBMにおける最高技術職位で、卓越した技術で継続的に貢献した技術者の中から任命される。日本人で選ばれたのはノーベル賞を受賞した江崎玲於奈氏を含めて6人だけだ。

 2014年には米国のコンピューターサイエンスの最高峰の一つ、カーネギーメロン大学でIBM特別功労教授に就任。以来、米国を拠点として研究を続けてきた。

 文句なしの業績を持ち、著名人でもある浅川さんは、科学未来館のトップとしてまさにドンピシャリだろう。一番ふさわしい人を選んだら、たまたま女性で、たまたま障害者だったのだ。記者会見でのやりとりを聞いても、女性を「お飾り」的にとらえる日本社会の旧弊を打ち砕いていくだろうことを確信した。

科学技術庁の主導で誕生した科学未来館

拡大科学未来館を象徴する大型の地球ディスプレー「ジオ・コスモス」のあるシンボルゾーンで実演してみせるロボット「アシモ」=2018年6月
 未来館は、2001年3月に建物が完成し、同年7月9日に開館した。1995年に科学技術基本法が成立し、5年ごとに作ることになった科学技術基本計画で「科学技術と社会のコミュニケーションの重要性」がうたわれたのを受けて造られたものだ。

 上野に国立科学博物館があるのになぜ? という誰もが抱く疑問に対しては、当時は省庁再編の前で文部省と科学技術庁が分かれており、科学技術庁が科学技術振興のためにつくったのだという答えになる。北の丸公園には科学技術館があるが、こちらは

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筆者

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ) 朝日新聞科学コーディネーター

朝日新聞 科学コーディネーター。1979年朝日新聞入社、「科学朝日」編集部員や論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)などを務める。著書に『重力波 発見!』『最新 子宮頸がん予防――ワクチンと検診の正しい受け方』、共著書に『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?』『独創技術たちの苦闘』『生かされなかった教訓-巨大地震が原発を襲った』など、訳書に『ノーベル賞を獲った男』(共訳)、『量子力学の基本原理 なぜ常識と相容れないのか』。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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