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100年前のアナキストとの出会いと、私が会社を辞めたワケ 下

自由で自立した個が集まってこそ、助け合う社会は可能になる

宮﨑紗矢香 人間活動家

 しかし、世間というものはいつだって、規律から外れる者に容赦ない。

 新卒で入社した会社を1年半にも満たず退職した直後、講演をした先の大学生から、こんな感想が送られてきた。

 生き方自体はとても素晴らしくてかっこいいと思いますが、環境問題以前に会社を辞めたり、デモを起こしたりという行動に私は疑問を感じます。大きく見れば未来のための勇気ある行動ですが、その時点で見れば、誰かに迷惑をかけている、そんな活動ではないのでしょうか。誰にも迷惑をかけないで、行動を起こすことは不可能なのでしょうか。その部分が疑問でした。

若者を中心に気候危機を訴えるグローバル気候マーチ=2019年11月29日、東京都新宿区拡大若者を中心に気候危機を訴えるグローバル気候マーチ=2019年11月29日、東京都新宿区
 「会社を辞めたりデモを起こしたりという行動」は、「誰かに迷惑をかけている」

 こんなにはっきりと、言葉を選ばずに、一連の言動を「迷惑」だと非難されたことは初めてだったゆえ、率直に言って面食らった。

 一方で、この大学生が指摘するところの感覚は、私にも内在していた。

 辞職を申し出るとき、「これ以上、会社のみなさんにご迷惑をおかけしたくない」と口にしたことは事実である。周りがどうであれ、自分の感覚に基づいて行動することを、どこかで後ろめたく思う自分がいた。

 デモなんて言葉も縁遠いものだったはずで、Fridays For Future Tokyo(FFFでは「気候マーチ」と呼んでいるが)に入るまでは、どちらかといえば街頭で何かを盛んに訴えている人を見ては、うっとうしいとすら思う感情を抱いていた。

 社会運動に身を投じることや、それ以前に独自の意見を主張することを「わがまま」「迷惑」と断じる風潮は、日本において、なぜこれほどまでに根強いのだろうか?

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筆者

宮﨑紗矢香

宮﨑紗矢香(みやざき・さやか) 人間活動家

1997年生まれ。立教大学社会学部卒。Fridays For Future Tokyo元オーガナイザー。2020年4月、株式会社大川印刷入社。社会課題を考える多数のイベントやソーシャルメディアを通じての外部発信を担当し、2021年7月退職。共著に『グレタさんの訴えと水害列島日本』(学習の友社、2020年)、『子ども白書2020』(かもがわ出版、2020年)

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです