メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「雑草対策が大変なモンスーンの日本では有機農業は難しい」は、本当か。

世界的に拡大するオーガニック市場と欧州の戦略

香坂玲 名古屋大学大学院教授、日本学術会議連携会員(環境学)

 哲学者・和辻哲郎の「風土―人間学的考察―」をひもとくと、芸術、実践、認識のなかで「湿気」というキーワードが繰り返される。和辻の風土論は、一般に、モンスーン、砂漠、牧場という三類型で語られることが多いが、とりわけ日本を含む東アジアのモンスーン型と欧州の牧場型の区分に、湿気、ひいては雑草が重要なテーゼになっている。

粗放的果樹園と牧草地も、連邦政府の法改正(昆虫保護法)により、2021年以降はビオトープに指定できる=2016年8月、ドイツ・ボン郊外、筆者撮影粗放的果樹園と牧草地も、連邦政府の法改正(昆虫保護法)により、2021年以降はビオトープに指定できる=2016年8月、ドイツ・ボン郊外、筆者撮影

 和辻は欧州へ向かう船中で、京都帝国大学(現京都大学)助教授の大槻正男博士から「ヨーロッパには雑草がないという驚くべき事実」を教えられ、「これはほとんど啓示に近いものであった」と述懐している。

 そして実際に目にした欧州について「もちろん雑草が全然ないというのではない。細い、弱々しい姿の雑草が、きわめてまばらに生い育ってはいる。しかしそれらは柔らかい冬草を駆逐し得るほどに旺盛でもなく、またこの土地から牧場らしい面影を抹殺し去るほどに繁茂もしていない」(第2章三つの類型)と述べ、湿気を介した雑草の繁茂と牧草という軸で、自然のあり方と対応した人々の生き方などへと敷衍(ふえん)した議論がなされている。

雑草、モンスーンは有機農業を阻む?

草原もビオトープ(生物空間)として利用。看板には「新鮮な卵あります」=2019年2月、ドイツ・ボン郊外、筆者撮影草原もビオトープ(生物空間)として利用。看板には「新鮮な卵あります」=2019年2月、ドイツ・ボン郊外、筆者撮影
 前置きが長くなったが、風土論を知ってか知らずか、雑草とモンスーンは、日本の有機農業を語る際、正確には「日本の有機農業が広がらない理由」を語る際に頻出するキーワードとなる。いわく「有機農業が盛んな欧州と日本では気象条件が異なり、モンスーンの日本では有機農業は難しい」「雑草対策が大変な日本では、有機は展開できない」といった具合だ。「とにかく欧州と単純に比較して、日本は遅れていると言ってくれるな」というトーンになる。

 ただし、欧州との比較の是非はともかくとしても、地勢の違いを前提としながらも、日欧の共通の課題もあり、参考となる点はありそうだ。農林水産省が持続可能な食料システムの構築を目指して2021年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」は、農地に占める有機農業の割合を2050年までに25%にする目標を掲げ、マスコミでも大きく取り上げられたが、欧州ではちょうど1年前の2020年5月に欧州委員会(EC)が策定した「農場から食卓へ戦略」で既に有機農業25%が掲げられており、しかも2030年までの期限となっている。
・・・ログインして読む
(残り:約1936文字/本文:約2926文字)