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材が真っ赤なクワから木の新たな活用の道を探る

100年前の先人が残した変異を現代の技術で調べ始めたら……

米山正寛 ナチュラリスト

 樹皮をめくると真っ赤な色の木材が現れる――。そんなクワの品種「赤材桑(せきざいそう)」に魅せられた人がいる。国内では、カイコを飼育して絹糸の原料となる繭を生産する養蚕業の衰退とともに、カイコの餌となるクワの木の栽培も落ち込んできた。こんな時代に東京農工大学教授の梶田真也さん(54)は、この赤材桑をもとにクワの木、さらには多様な木々の新しい活用の道を探ろうと考えている。

樹皮の下に潜んだ「赤」

 身の回りに育つ木の樹皮を少しだけ削ってみよう。たいがいは白っぽいクリーム色をしているし、緑っぽい色のものもある。それだけに樹皮の下に「赤」が潜んでいたら、誰にとっても大きな驚きだ。黒っぽい黒檀のように特徴的な色の材はいくつか知られているが、着色は収穫後に年月を経る中で起こるとされる。樹皮をはいだ当初から鮮やかな赤色を示す材の報告は、他に例がないようだ。

樹皮を剝いだ状態の赤材桑(右)と一般的なクワの品種=東京農工大学提供
 1924(大正13)年発行の「佐久良会雑誌第15号」に、この赤材桑の記事がある。「其枝條の材部夏季に於て鮮麗なる赤色となるものなり」と記されていて、その発見は100年以上前の「大正元(1912)年頃」にさかのぼるという。日本海に浮かぶ北海道・奥尻島の島民が山で見つけ、それを畑で栽培してカイコに与えたら発育と繭の質が良くなったため、その存在は北海道庁へも報告されたそうだ。やがて苗や接ぎ木用の枝は東京にあった国の機関へと届けられ、現在でも茨城県つくば市の農研機構などにおいて栽培、保存されている。

 梶田さんの専門はカイコやクワではなく、植物の細胞壁をセルロースやヘミセルロースととともに構成する生体高分子のひとつリグニンだ。なぜこの赤材桑に関心を持ったのだろうか。

 植物の体を建築物に例えれば、セルロースなどは鉄筋に、そしてリグニンはコンクリートに当たる。植物の構造を強化するのに欠かせない役割を果たしているが、人が木材などから紙や繊維を作る上で、木質の細胞同士を強く接着させているリグニンはじゃまものだった。これを取り除こうと、その合成経路の解明や構造を変化させる研究などについては、先人が豊富な研究成果を残している。欧米では遺伝子組み換え技術によってリグニンの構造を変えた樹木も作り出されたのだが、日本では遺伝子組み換えについては否定的な意見もあって、そうした研究は進められずにいた。

リグニンの構造変化と着色

 25年ほど前、天然の樹木では初めてリグニン構造の変化したテーダマツが、米ノースカロライナ州で見つかった。リグニンの合成に関わる酵素、シンナミルアルコールデヒドロゲナーゼ(CAD)の遺伝子が壊れており、普通なら乳白色をしている材が、このマツでは茶色っぽかったという。さらにさかのぼれば、茎や葉脈が茶色く色付いたトウモロコシを牛に与えると、消化性が良かったという報告もなされている。

東京農工大学の畑で、赤材桑の枝を手にする梶田真也教授
 こうした事例から、リグニン構造の変化と着色、消化性(飼料効率)などは互いに関連することがわかってきた。「リグニン構造の変化した遺伝子組み換え樹木を作っても、日本では野外試験をしにくい。リグニンの変化した天然の樹木があれば、研究をもっと先へ進められるのではないだろうか」。梶田さんは、そんなことを考えるようになっていった。

雑談から生まれた出合い

 転機は4年前にめぐってきた。

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