浅井文和(あさい・ふみかず) 日本医学ジャーナリスト協会会長
日本医学ジャーナリスト協会会長。日本専門医機構理事。医学文筆家。1983年に朝日新聞入社。1990年から科学記者、編集委員として医学、医療、バイオテクノロジー、医薬品・医療機器開発、科学技術政策などを担当。2017年1月退社。退社後、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了。公衆衛生学修士(専門職)。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
一昨年的中の筆者が予想! 異例の早さで実用化したmRNAワクチンの基礎研究が有力
今年もノーベル賞の発表が10月4日の医学生理学賞から始まる。
論座恒例の受賞者予想で、ノーベル医学生理学賞の有力候補として、新型コロナウイルスワクチンの開発に貢献した二人の可能性を紹介したい。ドイツのバイオ企業ビオンテックのカタリン・カリコ上級副社長と、米ペンシルベニア大学のドリュー・ワイスマン教授だ。
いまのところ、日本で承認され使われている新型コロナウイルスワクチンは(1)米ファイザーとビオンテック、(2)米モデルナ、(3)英アストラゼネカとオックスフォード大学がそれぞれ開発した3種類だ。このうち、ファイザー、モデルナの2種類のワクチンは遺伝情報を伝える物質であるメッセンジャーRNA(mRNA)を使った新しいタイプのワクチンだ。このmRNAを使ったワクチンを実用化するため、長年にわたって基礎になる研究をしてきたのがカリコ氏とワイスマン氏だ。
ファイザーのワクチンは昨年12月から米国で緊急使用許可を受けて医療関係者らへの接種が始まった。中国・武漢での肺炎集団発生の原因が新型コロナウイルスと判明してからワクチン実用化まで約1年。これまで新しい病気へのワクチンの実用化は数年かかるとみられていたのが、今回は迅速な開発になった。多くの人々の努力があったが、大きな要因はmRNAワクチンであれば開発期間を短くできるからだ。
たとえば、従来型のインフルエンザワクチンはワクチン株ウイルスを鶏卵の中で増殖させ、ウイルスを精製、不活化して作られる。このようなワクチンの開発では、効果が高いワクチン株ウイルスを選び出し、ワクチンの安全性と有効性を確かめるために長い年月が必要になる。
一方、mRNAワクチンは病気のウイルスの遺伝情報全体がわかれば、短い日数でワクチン候補を作り、工場で大量生産できる。モデルナの発表によると、昨年1月にはモデルナと米国立保健研究所(NIH)のチームがmRNAワクチン候補の遺伝情報となる塩基配列を作成。2月に最初の試作ワクチンを製造。3月には安全性を調べるために実際に人に接種する臨床試験が始まった。
このように新型コロナウイルス感染症の発生後すぐに開発ができたのは、ベンチャー企業であるビオンテックやモデルナがmRNAワクチンに関する技術の蓄積をあらかじめ持っていて、研究を重ねていたからにほかならない。
2008年設立のビオンテックと2010年設立のモデルナは、これまでmRNAを使ったインフルエンザワクチンなどの開発に取り組んでいた。新型コロナウイルス感染症が始まってすぐにワクチン開発をスタートする準備ができていた。
それでは、カリコ氏とワイスマン氏の貢献は何だろう。