高エネルギー加速器研究機構・筒井泉特別准教授に今年の予想を聴く
2021年09月30日
ノーベル賞の自然科学3賞が発表されるのを前に、『論座』は毎年、予想記事を掲載してきた。今年も10月4日から発表が始まるが、5日の物理学賞は、私が担当することになった。
『論座』の物理学賞予想記事ではここ3年ほど、筆者は違えど「量子基礎論推し」が続いている。「続いている」ということは、はずれ続けているということでもある。量子基礎論とは、「物理量は測定する前から存在するのか」といった哲学的ともいえる問いの答えに迫る分野だ。私も「伝統」に従い、今年こそはと、この分野の専門家で、私の職場の上司でもある高エネルギー加速器研究機構の筒井泉・特別准教授に話を聴いた。
物理学賞は分野ごとに周期のようなものがあることが知られている。そこで、まずは、この10年ぐらいの受賞研究を概観してもらった。
量子基礎論の分野は、半導体やレーザーといった技術の土台として圧倒的な成功を収めている量子力学の根っこにある非常に基礎的なものではあるが、近年は、注目度が高い量子コンピューターや量子暗号通信との関わりが深いことで応用の芽が出ていて、『量子革命』とも呼ばれている。
「1990年代半ばあたりから、この分野は基礎から応用へと向かっていますが、基礎研究としても応用への展望を開いた研究成果であることが評価に加味されるかもしれない。そう考えると、何人かの候補が挙がってきます」
筒井さんが最初に挙げたのは、イスラエル/米国のヤキール・アハラノフ氏と英国のマイケル・ベリー氏だ。
ミクロの世界の状態を表すのは、波動関数と呼ばれる方程式である。「波」なので、この関数には「山」の部分、「谷」の部分がある。山・谷の周期のどのあたりにいるかを示す数値を「位相」と呼ぶ。アハラノフ氏は師のデビッド・ボーム氏とともに、「アハラノフ・ボーム効果」と呼ばれる現象を予言した。この現象は、電子など電気を帯びた粒子が電磁場のないところを通っても「電磁場の元となっているもの=電磁ポテンシャル」の影響を受けて位相が変化するという量子力学特有の効果である。検証が難しかったが、日立製作所の外村彰氏がこの効果の存在を実験的に示し、外村氏は長年、ノーベル賞候補と言われた。外村氏もボーム氏も亡くなっており、この業績ではアハラノフ氏一人が候補になりそうだ。
ベリー氏はアハラノフ氏らの仕事に関連して、ある状態から元の状態にすっかり戻ったように見えるときでも位相がずれてしまうという現象を示した。2人は1998年、ノーベル賞の登竜門ともいわれるウルフ賞物理学部門を共同受賞している。
「この2人は、量子力学での位相の深い意味に関係する仕事をしたので、ノーベル賞を取ってもおかしくない。物理全体に非常に大きな影響があるんですね。アハラノフ一人受賞とか、ベリー一人受賞はないと思います。このテーマだとすると、この『2人1組』はありえるでしょう。ただ、現時点では、2人の業績の応用が一般社会にはまだ現れそうではないので本当の意味で基礎になってしまいます。また2人は一匹おおかみ的な研究者でもあり、サポートしてくれる研究者がどれぐらいいるのかもわかりません」
筒井さんが次に挙げるのは
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