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物理学賞「今年はぜひとも真鍋さん」 非主流を引っ張り出したノーベル委員会

〝複雑系〟授賞の陰の複雑な事情

尾関章 科学ジャーナリスト

 科学取材を長くつづけてきた記者OBにとって、真鍋淑郎さんのノーベル物理学賞の受賞決定には、二つの「びっくり」があった。まず驚いたのは、気象学の成果が物理学賞に選ばれたこと。もっと驚いたのは、その気象学を物理学の地味な理論にくっつけ、「複雑系科学」という大きな枠組みでとらえて称賛したことだ。受賞が決まった3人に共通する授賞理由は「複雑な物理系の理解に対する画期的な貢献」とされている。私には、物理学賞は複雑系科学に冷たいという印象があったから、意外な結果だった。

自宅でインタビューに答える真鍋淑郎・米プリンストン大上級研究員=2021年10月5日、米東部ニュージャージー州
スウェーデン王立科学アカデミー=2007年5月、ストックホルム(代表撮影)

今年は「気象」に追い風

 スウェーデン王立科学アカデミーで物理学賞の選考にあたるノーベル委員会が、このように強引ともいえる賞の組み立て方をしたのはなぜだろうか?

クラウス・ハッセルマンさん=独マックスプランク気象学研究所のウェブサイトから
 私なりに深読みしてみよう。最初に思うのは、ノーベル委員会が今年、まず狙いを定めたのは、真鍋さんとクラウス・ハッセルマンさん(独)の二人だったのだろうということだ。両人はそれぞれ、地球気候の数理計算モデルを考案して気候変動をコンピューター・シミュレーションで再現し、人間活動が地球大気の温暖化につながるとの予測に道を開いた。脱・温暖化が国際社会の喫緊の課題となっている今、その先駆的な業績を正しく位置づけたいと考えるに至ったことは容易に想像できる。

 もともとスウェーデンは、グレタ・トゥンベリさんの発言や活動を思い起こせばわかるように、市民社会の環境保護意識が高い。近年はスウェーデンを含む欧州各地で水害や熱波などの気象災害が相次ぎ、気候変動の気配を肌で感じるようになっていた。意識の高まりに実感が重なって、真鍋さん、ハッセルマンさんに追い風が吹いたといえよう。

「複雑系」という非主流

 では、その二人の気象研究にもう一人、ジョルジョ・パリーシさん(伊)という物理学者の物質研究を組み合わせ、ひとくくりにした複雑系科学とは何か?  それは、不規則で乱雑な物事に目を向ける探究を言う。源流には19世紀末のアンリ・ポアンカレ(仏)の研究などがあるが、この潮流は20世紀後半に強まった。物質を最小単位の素粒子までさかのぼって探ろうという要素還元主義に技術的、資金的な限界が見えてきて、物事を大局的にとらえる科学の興味深さが再発見されたと言ってもよい。もう一つ、複雑系科学の特徴は分野横断的ということだ。物理系で成り立つ理論が生物系でも使えたりする。

 このように物理学の主流ではないせいか、物理学賞は複雑系科学を授賞対象の真ん中には据えてこなかった。もちろん、無視していたわけではない。それどころか、その重要さには早くから気づいていたともいえる。1977年には、ガラスのように粒子の配列が無秩序な固体で電子がどう振る舞うかを理論づけたフィリップ・アンダーソンさん(米)らが受賞者に選ばれている。ただ、その研究は固体物理学という物理学の主分野に属するものだった。あくまでも物理学の枠内にいて複雑系という新領域に踏み込んだ研究者を称賛したのである。

カオス科学に授賞なし

エドワード・ローレンツさん=京都賞のウェブサイトから
 私が「冷たいな」と感じてしまうのは、物理学の外縁部で複雑系のしくみを探り、結果として物理学に大きな貢献をした人に賞を贈っていないことだ。その筆頭が、カオスの科学の先駆者である気象学者のエドワード・ローレンツさん(米)だろう。天候をコンピューターで再現すると、初期値が少し違うだけでその後の成り行きに大きな差異が生じることを1960年代に見いだした。チョウの羽ばたきが遠くの国で竜巻を起こすという「バタフライ効果」である。

 この研究を受けて、

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