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今後10年間の天文学・宇宙物理学 展望報告書 「Astro 2020」を読み解く

米国科学の層の厚さと底力がつくる研究戦略

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 天文学や素粒子物理学における実験・観測プロジェクトは、ビッグサイエンスと呼ばれ、近年巨大化する一方である。研究者が独立に多数の新プロジェクトを提案してしまうと、目的の重複や実現可能性、人的資源と研究資金の効率的な投入などの評価や判断が困難になる。そのため、米国では10年おきに、アカデミー(学術団体)が提案されているプロジェクトを詳細に検討し、結果を公表している。

 これはディケイダルサーベイと呼ばれ各分野の研究動向に大きな影響力をもつ。天文学分野に関するリポート「2020年代のための天文学・宇宙物理学における発見に至る道筋(Pathways to Discovery in Astronomy and Astrophysics for the 2020s)」は2021年11月4日公表された(以下Astro2020と呼ぶ)。本来は2020年にまとめられる予定であったが、新型コロナの影響で一年遅れとなった。今回はその内容を紹介したい。

572の科学白書がサーベイの基礎資料

 Astro2020は米国科学・工学・医学アカデミーが母体となって作成したもので、目的は以下の五つだ。

(1)天文学・宇宙物理学とそれを支える技術に関する現状の概観

(2)天文学・宇宙物理学における最も重要な挑戦的課題を同定し、コミュニティーの将来戦略を方向づける

(3) 2022-2032年に推進すべき課題に対する研究戦略を立て、最優先で実行すべき研究を順位を付けて推薦する

(4) 予期せぬ必要予算の変更や新たな発見に対応して研究を変更するルールを明確にする

(5) これらを実現するための人材育成、コミュニティーが抱える問題点解決のための方策を提案する

 この目的達成のために、2018年後半に、20人からなる運営委員会と、計127人の委員からなる13の専門部会が立ち上げられ、今後の天文学が目指すべき重要な課題と目標、具体的なプロジェクトの価値や実現可能性評価、さらにはそれを支えるべき人材育成のための制度改革などが、広い視野から審議されてきた。天文学関係者がボトムアップ的に提出した572もの科学白書(分野の現状と展望、プロジェクトの説明などをまとめたもの)が、このサーベイの基礎資料となっている。

重要なテーマと優先度が高い分野 

 今回のサーベイでは、重要な科学的テーマとそれに対応する優先度の高い分野として、以下の三つを掲げている。いずれも日本語には訳しづらいので(個人的には英語としてもあまり優れた表現には思えないのだが)、そのまま英語で書いた上で、その意味を説明しておく。

拡大次々と見つかっている太陽系外惑星のイメージ=NASA提供

(ⅰ)Worlds and Suns in Context:Pathways to Habitable Worlds

 過去25年間あまりで飛躍的に発展した太陽系外惑星をその環境を決める中心星の性質と合わせて統一的に理解することを目指す。今や、単なる惑星の発見にとどまらず、地球と同じような生命を宿す惑星を探すことが天文学者の最大の関心となっている。(今後10年で達成されるとは思えないものの)それに向けたステップを確実に積みあげることを最優先すべきだと結論している。

(ⅱ)New Messengers and New Physics:New Windows on the Dynamic Universe

 従来の電磁波(可視光、赤外線、電波、X線、ガンマ線)に加えて、超高エネルギー宇宙線、ニュートリノ、重力波という新たな観測手法を用いて、未知の物理学の開拓を指す。これはブラックホールや中性子星などの誕生や合体に関連する宇宙の激変天体現象を観測する時間領域天文学という分野を念頭においたものである。

(ⅲ)Cosmic Ecosystem:Unveiling the Drivers of Galaxy Growth

 誕生した天体は、その化学的・力学的進化の最期に再び宇宙空間に戻る。それを材料として次世代の天体が誕生する。いわば宇宙における物質はこの過程を通じて生態系を

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筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし) 東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に、『人生一般二相対論』(東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞社)、『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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