ハッブルの先をめざす 新たな天文観測の幕開け
2022年01月21日
日本時間2021年12月25日21時20分、米航空宇宙局(NASA)が主導して開発してきたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope、以下JWST)が打ち上げられた。アメリカ天文学のフラッグシップの一つに位置づけられるこのプロジェクトについて紹介してみたい。
地上から天体を観測する際には、地球大気の影響は避けられない。特に、大気による吸収を強く受けるガンマ線やX線、紫外線といった波長帯では、地上観測はほぼ困難であり、大気圏外に打ち上げられた宇宙望遠鏡が主役となる。
これに対して、星は裸眼でも観測できることから明らかなように、可視光では地上観測が可能である。まさにこれこそが、歴史的に天文学が可視域観測を中心として発展してきた理由である。
宇宙望遠鏡は、地上望遠鏡に比べて、格段に高い技術的困難と信頼度が要求される。当然、巨額の予算と、多くの技術者・研究者による長い年月をかけた開発が必要だ。しかしその結果として、大気に影響されない高い角度分解能をもつ安定した天体観測が可能となる。
数多くの宇宙望遠鏡のなかで、もっとも有名なものがハッブル宇宙望遠鏡(HST)だ。HSTはスペースシャトルを用いて地球周回軌道に載せられ、その後も、当初想定された運用期間である15年の間に数回、スペースシャトルを用いて宇宙飛行士が保守点検・修理に行くことを前提として計画されていた。しかし、1986年1月28日のスペースシャトル・チャレンジャー号の事故のため、打ち上げられたのは、90年4月24日のことだった。しかもその直後、望遠鏡が要求された精度を満たしておらず、観測画像がすべてピンボケになってしまうという重大なミスが発覚した。
そのためNASAは、93年12月2日、スペースシャトル・エンデバー号を打ち上げ、宇宙飛行士の船外修理によって、HSTは当初予定された性能を達成できるようになった。まさに劇的な大逆転だ。それ以降、HSTは、15年間の運用予定期間をはるかに越え、約30年間以上ほぼ休むことなく無数の天体を観測し、天文学の歴史に残る重要な多くの発見を成し遂げてきた。
このHSTの後継機となる次世代宇宙望遠鏡は、96年に提案された。2002年には、1961年から68年にNASAの第2代長官となりアポロ計画を始めアメリカの宇宙開発の基礎を築いたジェームズ・ウェッブにちなんで、JWSTと命名された。しかしその後の開発過程で数多くの技術的問題が認識され、当初の目標であった2007年の打ち上げは繰り返し延期され、00年時点で約20億ドルと想定されていた予算も膨れ上がる一方であった。そのため、天文学者の間で、他の天文学プロジェクトに与える負の影響が懸念され、大きな議論を巻き起こした。
実際、11年にアメリカ下院の委員会でJWSTをキャンセルする提案が可決されたほどである。アメリカ天文学会や国際的なサポートもあり、下院ではその提案は否決されたものの、21年12月の打ち上げ時での総費用は約100億ドルに達している。ビッグプロジェクト実現のために必要となる膨大な予算は、科学の進展に伴う宿命とも言える。とはいえ、このJWSTの例は、より多様な科学諸分野のバランスのとれた発展のための予算の配分という観点からも、大きな問題を提起したと言えよう。
アメリカでは望遠鏡(特に宇宙望遠鏡)に、天文学で大きな貢献を成し遂げた人名を冠することを好む傾向がある。ハッブル望遠鏡(可視光、赤外線)、スピッツァー望遠鏡(赤外線)、コンプトン望遠鏡(ガンマ線)、チャンドラ望遠鏡(X線)、ケプラー望遠鏡(可視光)などはその代表例である。さらに最近では、現在計画中の赤外線宇宙望遠鏡WFIRSTをナンシー・グレース・ローマン望遠鏡、チリに建設中の可視光赤外線地上望遠鏡LSSTを運用する天文台をべラ・ルービン天文台、とそれぞれ命名した。これらは、従来正当に評価されてきたとは言い難い女性天文学者の貢献をたたえるべきだとする社会の価値観をも反映している。
この流れの中で、ジェームズ・ウェッブがNASAの長官を務めていた1963年に、性的少数者の職員が解雇されたことが明らかとなった。
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