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教育の平等・教育による平等とは 新型コロナ感染症下、日本は何を目指すべきなのか

“幸せを創る”ブータンの教育からのヒント

細田満和子 星槎大学大学院教授

拡大ブータンの首都ティンプー。手前にたなびく旗はお経が刷られた「ダルシン」=2017年9月3日、相場郁朗撮影
 新型コロナウイルス感染症の拡大予防のため、多くの国や地域においては外出の自粛や禁止が実施され、日常生活に大きな変化が生じた。学校も例外ではなく、幼稚園から大学まで、園児・児童・生徒・学生たちは学校に行けずに、家の中にいなくてはならないという制限された状況が続いた。

 日本ももちろん例外ではない。学校閉鎖への対応として、小学校から大学まで多くの学校がオンラインによる遠隔授業を始めたり、自宅での自学・自習に切り替えたりした。ただし、オンラインで授業を受けたり、自宅で学習したりできる環境がきちんと整っているかどうか、その違いが「教育格差」のさらなる拡大につながるのではないかという懸念を抱かせるものであった。

 いかに教育の不平等を是正し、教育格差を縮減できるかは、重要な課題である。そのヒントになるかもしれないブータンの教育についてみていこうと思う。その上で、日本の教育について考えたい。

新型コロナ下のブータン 「学びを止めない」精いっぱいの努力

拡大=外務省HP
 ブータンは、北は中国、南はインドという大国に囲まれた山間の小国だ。けれど、新型コロナ感染症の影響から免れることはなく、2020年3月6日に外国人観光客から新型コロナの最初の感染者が報告された。すぐにブータン政府は、その観光客が訪れたと思われるティンプー、パロ、プナカの3つの町を部分閉鎖して、接触者の追跡調査と検査を実施し、この地域の学校を2週間閉鎖した。海外から帰国したブータン人を中心に感染者が続出すると、陸路・空路ともに封鎖し、緊急避難便を除いて出入国を禁止した。

 国王は「ウイルスによって一人の命も失うことのないよう」と宣言し、政府機関やボランティア団体が新型コロナ対策に総動員された。

 しかし、感染者数の増加に歯止めがかからず、全国的に感染脅威が高まったため、ブータンでは2度にわたって完全なロックダウンが実施され、すべての学校が無期限休校となった。

 休校によって、教育分野は全国的に大きな打撃を受けたが、学びを止めないための精いっぱいの努力が続けられた。特に感染者が多いプンツォリンなどに住む上級生は、プナカやハなど感染リスクの低いところに集団移動して勉強を続けて、大学入学試験の準備をすることができた。転居、交通、宿泊、食事、医療費など、あらゆる手続きはすべて国が計画し、費用も負担したので、生徒や保護者の負担は一切なかったという。

 下級生は学校が閉まったままなので自宅で勉強していたが、教育省がさまざまなオンラインでの授業を提供。生徒がオンライン授業に対応できない場合は、教師が家庭を回り、新しい学習教材で生徒をサポートした。

 2021年秋学期の初めから、学校と大学のすべての教育機関が再開され、国家コロナ対策本部が実施する厳格な衛生規定の下で授業が行われている。現在は冬休み中であるが、生徒と教師は休み明けの2月に学校や大学に戻ることになっているという。

国民総福祉量(GNH)に基づく教育制度

 日本とブータンとでは、人口規模も経済事情も違うので、ブータンにおける具体的対応が必ずしも日本の参考になるわけではない。ただ、教育については国が責任を持って費用を負担したり、教員を配置したりすることで、地理的・経済的な理由による不平等が生じないように対応するというところは、大いに見習うべきではないだろうか。

 このような、誰にでも手厚いサポートのある教育を可能にした背景には、ブータンのGNH(Gross National Happiness、国民総幸福量)に基づく教育制度がある。GNHとは、前国王によって1976年に提唱された、国づくりの理念である。

拡大ブータンのパロにある「タイガー・ネスト」(虎の巣)とも呼ばれるタクツァン僧院と色とりどりの旗=shutterstock.com
 前国王はブータンという小国が存続するためにはどうしたらよいかと考え、即位した1972年から数年間、国家安泰の根源を見つめるために国中を視察した。交通網の乏しいヒマラヤの国を歩くことは容易ではないが、野宿しながら歩き続けた。その結果、「国民一人ひとりの幸せ、一人ひとりが本気でこの国に生まれてよかったと言える幸せ、この国を守るのはそれしかない」という考えに至り、GNHが生まれたという。

 国民の幸せにとって、経済成長はもちろん重要だ。しかし、自然環境や伝統文化、家族や友人、地域の連携との調和がとれた経済成長でなければ、幸せとはいえない。だから、GNP(Gross National Product、国民総生産)ではなく、GNHが大事になってくる――ということだ。

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 GNHには、4つの柱と9つの分野がある。4つの柱は、(1)持続可能な開発の促進、(2)文化的価値の保存と促進、(3)自然環境の保全、(4)善い統治の確立で、9つの分野は、「教育」「健康」「共同体の活力」「心の豊かさ」などである。国際連合の持続可能な開発目標(SDGs)に通じる部分が盛り込まれており、半世紀近く前にGNHを提唱した前国王は、まさに慧眼(けいがん)だったと言わざるを得ない。

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筆者

細田満和子

細田満和子(ほそだ・みわこ) 星槎大学大学院教授

東京大学大学院人文社会系研究科で博士(社会学)を取得し、2004年からコロンビア大学、ハーバード大学で社会学、公衆衛生学、生命倫理学の研究に従事。2012年に帰国し星槎大学に着任。主著書は『パブリックヘルス』、『グローカル共生社会へのヒント』など。世界社会学会医療部会会長。アジア太平洋社会学会会長。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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