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コロナ禍で危機に直面するピアサポート 失われる「患者同士の支え合い」の復活を

DX化で挑む、新しい当事者参画医療社会モデルの構築

北原秀治 東京女子医科大学特任准教授(先端工学外科学)

 患者と医療者の円滑なコミュニケーションは、実際はなかなか難しい。この溝を埋めるため、病気の経験者が患者を支える「ピアサポート」(peer support)が有効である。日常生活のなかでの病気との向き合い方やセルフケアの方法などを、同じ患者の目線からアドバイスできる。当事者同士の相互援助である。

研究者や患者がアバターとなってログインしたバーチャル空間「XRCC」の画面
 ところが現在のコロナ禍で、患者同士の接触が難しくなり、貴重なピアサポートの場が失われている。これは筆者が代表を務める研究チームの実感であるし、他の患者団体からも同様の声が聞こえてくる。そこでわれわれが取り組んでいるのが、ピアサポートのデジタルトランスフォーメーション(DX)化だ。

 オンライン上にバーチャル空間を構築して、ピアサポートの場とする。コロナ禍以前にも地理的な制約などから難しかった患者のアクセスが、デジタル技術によって可能になるかも知れない。さらには、このDX化によって蓄積されるデータを活用して、ピアサポートの価値をさらに高めることで、ピアサポートそのものの普及を促せる。新しい当事者参画医療社会モデルを構築する試みといえるだろう。

バーチャル空間で相互援助が可能か

 われわれがピアサポートで使うバーチャル空間の名称は「クロスリアリティカンファレンスクラウド:XRCC」だ。新型コロナウイルスの感染が広がりはじめた直後より、筆者も理事を務める海外在住の日本人研究者コミュニティー「海外日本人研究者ネットワーク:UJA」が、「マイクロソフトユーザーズフォーラム:MPUF」と「株式会社メディプロデュース」との共同で開発した。大学などの研究機関が学術集会(カンファレンス)を開く仮想空間でもあり、研究者らが使いなれていないVR(バーチャルリアリティー)ヘッドセットなどが無くても利用できる。

 この空間では、研究者同士が交流しやすいように、アバターと呼ばれる自分の分身が行動する。アバターには自分の顔も表示できるし、名刺交換などもできる。もちろんプレゼン資料を投影して研究成果を説明できる。すでに数十件のカンファレンスに使用され、そのたびに問題点を修正してきた。

研究者がピアサポートの実情を視察し、課題を探る=NPO法人「みんなのポラリス」
 ピアサポートをDX化するためには、まずこの空間に医療者や患者がログインして、実際に操作を繰り返してもらうことで、解決すべき課題を見つけだしている。参加者からはさまざまな声が寄せられている。「大きな可能性は感じるが、デジタル空間内で実際にどうやって人と人がつながるのか、具体的にわからない」「機能的に動くことができない人たちの体験が広がる一方で、機能的に動ける人が引きこもる危惧も感じた」「一人でバーチャル空間にいることで不安になる」といった意見や疑問だ。

 また、「認知機能を改善するソフトを導入しては」という要望や、「片麻痺(まひ)などの場合どのように操作するのか」などの不安も示され、開発を進めるわれわれにとって有益な課題になっている。これらを解決していくことで、バーチャル空間での患者による相互援助が実現可能になっていくだろう。

実際のピアサポート現場では

 この試みには3団体が参加している。一般社団法人「ピーペック」(東京都世田谷区)、NPO法人「みんなのポラリス」(北海道帯広市)、NPO法人「学びあい」(大分・福岡)の各団体だ。それぞれ異なる状況で、支えあいをしている。病気や障がいも多様で、身体的なもの、精神的なもの、内部機能によるものなどがあり、コミュニケーションを進める上での課題も違っている。

XRCCの使い方を説明し、試してもらう=NPO法人「学びあい」

 世田谷区にある「ピーペック」は、代表の宿野部武志さん自身が透析患者でもある。腎疾患などの当事者は長期にわたって透析を続けながら、厳密に体調を管理する必要がある。そのために、気持ちの落ち込みなどなどの悩みをうちあけ、同じ患者同士だからこそ支え合える場をつくっている。

 「みんなのポラリス」が活動している北海道は広大で、車がないと生活できず、地域コミュニティーが離れて点在している。障がい者が地域で集まっても少人数にしかならない。そこで、共通する悩みを幅広く話し合える場をネットワーク上につくり、患者や障がい者だけでなく誰もが住みやすい街づくりへ活用しようとしている。

 「学びあい」の活動テーマは「re;再び」だ。たとえば後遺症で片麻痺がある主婦が料理をする方法を、障がいをもつ先輩から教えてもらう。それによって、障がいをもつようになった主婦が家庭で調理を担うという役割を再び取り戻していく。教え合うという行為が障害をもつ人の生きる力を再生している。

 今回のプロジェクトでは、こうした実際のピアサポート現場をしっかりと解析し、デジタル空間に落とし込んでいくことが肝になっている。

ピアサポートをDX化するための課題

 現在、各地にあるピアサポート団体の多くは患者や障害をもつ本人らによってボランティアで運営されている。各団体は規模も小さく、助成金や会費が主な収入源である。病気や障がいをもつ本人が運営することで、同じような立場の人間を支え合っているが、継続には困難が伴う。高齢化による後継者問題も起きている。

 今回のコロナ禍で、患者団体はさらに苦しい立場へ陥った。人とのつながりで得られるはずの安心感や連帯感、そして病気や障がいとともに生きるための知の連鎖を、ウイルスが断ち切ったのだ。しかし、新たなデジタル空間が彼らの活動を支えた

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