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東大前刺傷事件から考える~心は放っておくと暴走する

「苦しみの正体」 内面に“今ある”感情に気づこう

三田地真実 行動評論家/言語聴覚士

 大学入学共通テストの会場となった東京大学に向かう受験生を含む3名が1月、高校2年の少年に刃物で切り付けられたというニュースを知ったとき、多くの人が「なんで、そんなことを……」と思ったのではないだろうか。

拡大大学入学共通テストの東大会場に向かう受験生らが刺された事件で、現場近くの東大「農正門」を調べる捜査員=2022年1月15日午前10時18分、東京都文京区、福留庸友撮影
 高校生をそこまで追いこんだものは何か、その責任の一端は大人社会にないのか、私の心にはそういう思いがよぎった。そして、ある言葉が浮かんだ。

 「放っておくと体は硬くなる、心は暴走する」

 1人のタイ僧侶の言葉である。

 報道記事(朝日新聞デジタル、1月15日)によれば、「医者になるために東大を目指して勉強を続けてきたが、約1年前から成績が上がらず自信をなくした」「人を殺して罪悪感を背負って切腹しようと考えた」などと本人は警察に話しているという。さらに捜査が進むと、その前に地下鉄の東大前駅の少なくとも8カ所で不審火が発生していたことがわかった(朝日新聞デジタル、1月17日)。

 日刊ゲンダイDIGITAL(1月19日)によれば、明治大学の関修氏(心理学)は「SNSの影響で若い世代の自己顕示欲が高まって、損得勘定も強まった」と分析。その上で「これまで失業や受験のストレスなど“自分だけが不幸だ”という心理に陥って、自身や家族など身近な人間を傷つけて解消する事件は多くありました。しかし、今は、学校教育や社会の風潮として平等主義が強く、『なぜ自分だけ、こっそり苦しまなければならないのか』と感じてしまう。さらに、SNSで自己表現が可能になったため、同じことをして逮捕されたり、死刑になるなら何もしなければ損。最後は“自分を知ってもらいたい”と無差別テロのような劇場型犯罪が増えているように感じます」と述べている。

 確かに、ここのところ、「人を殺して死刑になろうと思った」(昨年10月末、東京都内を走る京王線の特急電車で乗客が刺傷した事件)、あるいは多くの人を巻き添えにして死を選ぶ(昨年12月、大阪市のクリニックで25人が犠牲になった放火殺人事件)という事件が多いのは、関氏が指摘している通りである。

 この原稿の第1校を書いた後にも、埼玉で母親の担当医を散弾銃で即死させるという悲惨なニュース(朝日新聞デジタル、1月29日)が、また、飛び込んできた。これも容疑者は「自殺を考え、自分1人ではなく先生やクリニックの人を殺そうと考えた」と供述しているという。

 お世話になったであろう医師を殺害する、ここにも「なぜ?」という論理の飛躍を感じるのは、私だけだろうか。このような事件が起きたときに、私たちが考えなければならないことは、「どうしてこういうことが起きたのか」という解釈と共に、「どうすれば、このようなことを防げるか」の具体的な策であろう。私は「心を暴走させない」一つの具体的な方法について、述べたいと思う。

どんどん膨らむ負の感情 自分勝手にストーリーを作り上げ苦しむ

拡大=shutterstock.com
 「心は放っておくと暴走する」という冒頭の言葉は、認知行動療法の文脈では「自動思考」と呼ばれる心の動きとほぼ同じ内容を指している。つまり、人は何かを見たり聞いたりすると、パッとそれについてのある考えが「自分の意図とは関係なく勝手に浮かび」、さらにそれが次々と別の思考を呼び起こしていくというプロセスのことである。

 自動思考は、特段何かメンタルの問題がある場合にのみ起きるものではなく、今、この文章を読まれている皆様の心にあれこれ浮かんでくる「まさにその思考」のことである。

 例えば、自分が行きたいと願っていたが落ちてしまった大学に友人から合格したことを知らせる電話がかかってきたとしよう。「あなたに一番に知らせたかったの」と言って喜んでいる友人の言葉に最初「イラっ」として、「なんであの人が合格して、私が……」という気持ちが沸き起こり、さらには「落ちた私にわざわざ見せつけるように電話してくるなんて、なんて嫌な人なんだ」「そう言えば、あの人はいつもああやって自慢するような態度で私を苦しめている」「あんな人は……」とその人に対するネガティブな感情がどんどん膨らみ――、という流れで思考が膨らんでいく。事実は、その人の合格と自分の人生は本当は「何も関係ない」にもかかわらず、である。

 この例のように、見知った相手、あるいは道ですれ違っただけの相手と自分を結び付けて、よからぬ妄想を巡らましてしまうことは、いろいろな場面で経験したことがあるのではないだろうか。

 昨年9月17日に小田急線の電車内で刃物を振り回し、放火しようとした容疑者も、報道(東京新聞TOKYO Web、昨年9月17日)によれば「幸せそうな女性を見ると殺したくなった」と供述しているという。これも最初の小さなきっかけから思考が「暴走した」結果と読めるだろう。その女性と「自分の人生は何も関係がない」のに、なぜ「殺す」まで思考が至ってしまうのか。

 東大の試験会場に向かう受験生らが刺された事件についても、当該の高校2年生は「1年ぐらい前から成績が上がらず自信をなくしてしまった」ことと、受験生らを刺すという行為に出てしまう間にどのような「思考の流れ」があったのか、余りの論理の飛躍があることに、皆気づいていることだろう。

 恐らくこの高校2年生も、目指していたところ(東大)に合格するのが難しそうだという現実から、様々な思いが交錯、それがとどまることなく暴走し、「自分の人生とは関係ない」、しかも東大を受験するのではなく、東大がただ試験会場となっただけの受験に向かう人らを刺すという、自分の人生をある意味粉々にしてしまう行為に出てしまったのではないだろうか。そうなる前に、この暴走する思考を止める術はないのか、大人はいよいよ本気で考えなければならない。

拡大=shutterstock.com
 このような思考がどんどん勝手に膨らんでいき、嫉妬や羨望(せんぼう)でどうしようもなくなるということは、誰にでもあるだろう。様々な場面で人は「本当は自分の人生とは関係のない出来事」に心を、気持ちを揺さぶられる。そして、自分勝手に苦しいストーリーを作り上げて、さらに苦しんでしまう。「苦しみ」がこのようなプロセスによってもたらされているということすら、ほとんどの人は気づいてはいないだろう。後述するが、このことを看破したのがあの仏陀(ブッダ)だった
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筆者

三田地真実

三田地真実(みたち・まみ) 行動評論家/言語聴覚士

教員、言語聴覚士として勤務後、渡米。米国オレゴン大学教育学部博士課程修了(Ph.D.)。専門は応用行動分析学・ファシリテーション論。2016年からオンライン会議システムを使ったワークショップや授業を精力的に行っている。2011年星槎大学共生科学部教授、2013年より同大学大学院教授。著書に「保護者と先生のための応用行動分析入門ハンドブック」など。教育雑誌連載と連動した「教職いろはがるた」(https://youtu.be/_txncbvL8XE)の動画配信中!

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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