ゆりかごになるコミカンソウ科と、そこで繁殖するハナホソガ属の不思議な関係
2022年03月05日
東京都心の一角にある小石川植物園(正式名称は東京大学大学院理学系研究科附属植物園本園)の温室で、鹿児島県・奄美大島から運ばれたオオシマコバンノキ(コミカンソウ科オオシマコバンノキ属)が、ほぼ年間を通して赤や黒の丸い実をならせるようになってきた。
この植物は高さ5mほどにまで育つ常緑広葉樹。小さな雄花と雌花を咲かせ、特定の蛾(が)の雌が花粉の媒介にあたる。雌は雄花で集めた花粉を雌花に付けるとすぐに、その花へ産卵する。目立たないこの花にやって来る他の昆虫はほとんどいないので、この雌の蛾は花粉を雌花へ運ぶキューピッドの役目を果たす。卵からかえった蛾の幼虫は実の中の種子をいくつか食べて成長するので、蛾にとってこの実はいわばゆりかごになる。幼虫はやがて実から出て葉や落ち葉の陰で蛹(さなぎ)になり、最終的に成虫として飛び立つ。残された種子が完熟して落ちたり、実を食べた鳥などによって運ばれたりしてうまく芽吹けば、次世代の植物として育つ。
この植物と昆虫の関係は、特定の種同士が一対一で互いに結びついていることから「絶対送粉(そうふん)共生」と呼ばれる。どちらを欠いても維持されない、持ちつ持たれつの関係だ。となると、この温室にオオシマコバンノキの実がなっているのは、花粉を運ぶ送粉者のオオシマコバンノキハナホソガ(ホソガ科ハナホソガ属)もいて、珍しい共生関係を温室内に再現した生態展示がなされていることを意味する。2021年春から園長を務める川北篤教授は「2019年に新温室をオープンさせるに当たってこの木を植え、2021年に蛾を放したことで結実するようになった。全国の植物園でもここだけの展示なので、これを見て不思議な共生の世界に関心を持ってほしい」と話す。
こうした絶対送粉共生は、クワ科のイチジク属植物とイチジクコバチ科の昆虫などの間で以前から知られていた。だが、世界に約1200種が確認されているコミカンソウ科の仲間では、京都大学の加藤真教授らによって2003年に報告されたのが初めてだ。今では、世界の熱帯・亜熱帯に分布する同科の約600種で、ハナホソガ属との絶対送粉共生が成立していると考えられている。
加藤さんから研究を託された川北さんらが、精力的に調査してきたのは奄美大島以南の琉球列島などに分布するウラジロカンコノキ(コミカンソウ科カンコノキ属)だ。5月に小さくて目立たない花を一斉に咲かせる。夜になるとウラジロカンコハナホソガの雌成虫が現れて、雄花で集めた花粉を雌花につけた後に、そこへ一つの卵を産む。1匹が一晩に訪れる雌花の数は多いと20~30にもなり、それだけの卵を産んでいくことになる。
「この木の花は蜜を出していないので、ハナホソガの雌が雄花を訪れる目的は口吻(こうふん=ストロー状になった口)で花粉を集めること。顕微鏡で観察すると、花粉が付着しやすいように雌の口吻には細かな毛が生えているのが分かる」と川北さんは説明する。目的に沿って形態的な特徴を進化させた好例だ。逆に、卵を産まない雄は授粉のために花粉を集めることをしないので、口吻に毛は生えていない。
奄美大島には同属の他の植物も自生していて、別のハナホソガ属の蛾と絶対送粉共生の関係にある。共生の相手を取り違えることは基本的に起こらない。カンコノキ属の植物は、
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