大島明(おおしま・あきら) 大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座環境医学教室招聘教員
1966年大阪大学医学部卒業、1967年大阪府立成人病センター調査部就職、1996年同調査部長、2007年3月定年退職。専門は、がんの予防、がんの疫学。地域がん登録全国協議会理事長(1998-2006年)、日本禁煙推進医師歯科医師連盟会長(2003-2015年)を務めた。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
喫煙による死亡リスクの比較から見えるもの
英国の医学雑誌「Lancet Global Health」の2022年2月号に「高所得国、中所得国、低所得国別にみた喫煙による死亡リスク」とのタイトルの極めて興味ある論文が掲載された。著者はSathishらで、その主要な結果は、21カ国から参加した16万6762人のコホート研究であるPURE研究によって得られたもの。日本は参加していないが、ベースライン時点で心血管疾患罹患・がん罹患・呼吸器疾患罹患の既往がなく、1回以上追跡調査の受診をした35-70歳の現喫煙者と非喫煙者の合計13万4909人の追跡データが解析された。
その結果は下記の表に示したとおり、現喫煙者の非喫煙者に対する全死亡のハザード比は高所得国では2.62で、中所得国での1.61、低所得国での1.24に比べて有意に高かった。心血管疾患罹患、がん罹患、呼吸器疾患罹患のハザード比においても、高所得国では中所得国や低所得国に比べて高くなっていた。
では日本の国民を対象とした研究ではどうだろうか。国立がん研究センター研究開発費にもとづき、健康の維持増進に役立つエビデンス構築を目指した多目的コホート研究(JPHC研究)がある。この研究結果での10年間の死亡リスクの比較をみると、現喫煙者の死亡率は、非喫煙者に比して、全死因では男性では 1.55 (95%信頼区間:1.29-1.86)倍、女性では1.89(1.36-2.62)倍と高く、がん死亡では男性 で1.61 (1.20-2.15)倍、女性で1.83 (1.14-2.95)倍、循環器疾患死亡では男性1.41 (0.95-2.03)倍、女性2.72 (1.45-5.07)倍になっていたことが示されている。
これらの数値は、上記のPURE研究における中所得国でのハザード比の数値に対応している。日本は高所得国であるにもかかわらず、喫煙による死亡リスクという指標でみると、高所得国ではなく中所得国であり、これはたばこ規制政策の取り組みが遅れていることを如実に示すものと考える。
注:ハザードは死亡(罹患)リスク/時間で定義される。従って、ハザード比と死亡(罹患)リスク比とは異なるものであるが、ここでは両者の数値はおおむね同等として議論した。