山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員
スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
ロシアに攻め入られても~覚悟は立派だが、欧州首脳のリスク評価は甘い
元々はウクライナとロシアだけで終わっていたであろう争い(NATOもそのように読んでいたのではあるまいか)が、ウクライナ大統領の「非妥協」の徹底で、いつしか“民主主義”対ロシア」という構図になり、その結果、「民主主義にとって負けられない戦い」へと変貌(へんぼう)しつつある。
その流れに飲まれるように、ドイツを皮切りに、EU諸国は、ウクライナに武器(携帯ミサイルなど)を提供することを決定した。このうちドイツ・スウェーデン・フィンランドは「紛争地に武器提供しない」という第2次世界大戦後の伝統(スウェーデンは1939年の冬戦争で旧ソ連に侵攻されたフィンランドに提供したのが最後)を破っての例外措置だ。そこには「たといロシアに睨(にら)まれ、最悪ロシアが攻めて来る可能性すら生むことになっても、この支援は必要なことだ」という覚悟がある。
実際、筆者の住むスウェーデンでは、武器提供が3月1日の国会でほぼ全政党の賛成で決まった夜、首相演説があった。その中で、国防に関する情報を外に漏らさないように、と注意喚起するくだりすらあった。偽情報やフィッシングメール等(パソコンがウイルスに感染して情報が盗まれる)で間違って漏らすことを想定しているのだろう。国防費を大幅に増額する話も全政党の賛成で議論中だ。
要するに、今回の侵攻の成否にかかわらず、ロシアが欧州に戦争を仕掛ける可能性があると、欧州ですでに思われはじめているのだ。制裁は数年は解かれないだろうから、世界からの孤立でますます疲弊したロシアの逆恨みの矛先はNATOに向かうに違いない。その際、そのまま英米を(核で)攻めるか、その前にNATO非加盟のフィンランドやスウェーデンを(通常兵器で)攻めるかは分からないが、少なくとも戦争前夜の緊張となるだろう。後者の危機を感じている北欧の両国では中立の国是を捨ててのNATO参加の意見が急増し、両国ともこの件を国民投票にかけるべく、国会が動き出している。そして、前者の場合は人類滅亡の危機だ。
アメリカすらプーチン大統領を今まで刺激しないように気をつけていたのは、まさにこのリスクを恐れたからだ。
確かにウクライナは守りたい。ロシアにノーを突き付ける覚悟も良い。だが、私に言わせればリスク評価が甘すぎる。しかも、紛争地への武器提供という(改憲に近いレベルの)重要な政策変更の理由が「急がないと、ウクライナがロシアに敗北してしまう」というものだ。「今でなければ間に合わない」とは投資詐欺の常套(じょうとう)句ではないか。
自分の身の回りの安全を脅かしてまで何かを支援するには、どんなに時間に追われようとも、徹底したリスク評価が必要だ。腹というものはすべてのリスクを議論し尽くした上で初めて決まるものだ。しかし、どの報道(BBCとスウェーデン放送)も、リスクを十分に語らない。
ウクライナの抗戦を(武器などで)増強するメリットは、ロシアのプーチン大統領の弱体化と、もしかしたらロシアが軍を引くかも知れないという希望だろう。一方、リスクで周知されているのは、(ロシアはもちろん)欧州経済へのダメージと、停戦後のロシアによる武力示威や欧州攻撃の可能性の増加だ。ロシアが苦戦するほど(プーチン大統領を排除しない限り)、その逆恨みでロシアによる欧州攻撃のリスクは高くなり得る。
しかし、今までの議論で私の知る限り、他に2つの視点が抜けている。ひとつは、提供武器が停戦後に内戦で使われるだろうこと、もうひとつは、ウクライナの抗戦力が上がるほど、ロシア軍の攻撃の激化と長期化でウクライナが荒廃し、難民の増加を招くということだ。
武器提供は、ロシアの継戦能力が尽きるまでウクライナが抵抗を続け、最終的にロシア軍を完全に排除できることを願ってのものだ。しかし
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