いつから?どこに? 想定外の活用で古い標本がもつ新たな価値が示された
2022年04月05日
ランミモグリバエ 学名はJapanagromyza tokunagai。体長約2~3mmの小さな黒いハエ。幼虫は多くの種類のラン科植物で果実を食害し、種子の実りを妨げる。その存在は1953年に初めて日本から報告された。しかし、被害が知られるようになってまだ日が浅く、特に近年に深刻化しているため、一部で外来種説も語られていた。最近の野外調査では、北海道から沖縄県に至る日本全土で、25属55種のランから幼虫や蛹(さなぎ)が発見された。調査対象を広げれば、このハエが見つかるランの種類はもっと増える可能性が高そうだ。ランミモグリバエの成虫=松尾和典さん撮影
福島大学共生システム理工学類の山下由美客員准教授は2019年5月、野外調査に出かけた北海道で北海道大学の標本庫に立ち寄り、古い押し葉標本を見て驚いた。札幌農学校の2期生で植物学者となり、文化勲章も受けた宮部金吾(1860~1951年)が1891年に採集したササバギンランの標本の果実に、ハエの蛹が入っているのに気づいたからだ。
「ランミモグリバエの由来について、ランと一緒に海外から最近持ち込まれた外来種だという話が一部で流れていた。でも本当かどうか分からないので、古くから日本で集められている標本を調べれば何か分かるかもしれないと考えて見せてもらった。100年以上前の標本にも蛹を見つけて『これは行けるぞ!』と思いましたね」
同じような事例が集まれば、ランミモグリバエがいつからどこにいたのかを突き止める手がかりが得られそうだ。さっそく他の標本庫にも出かけて、どのくらい見つかるものか調べてみることにした。
山下さんが佐賀大学農学部の辻田有紀准教授や国立科学博物館植物研究部の遊川知久多様性解析・保全グループ長たちと8カ所の大学や博物館の標本を調べた結果は、2020年に発表された。その論文によると、最近の被害が目立つ5種のラン科植物(キンラン、ギンラン、ササバギンラン、クゲヌマラン、クマガイソウ)で果実を付けた194標本を調べたところ、果実の中に残ったままの蛹、成虫が羽化した後の蛹の殻、ハエが出て行った脱出孔などとさまざまながら、32.5%に当たる63標本にハエがいた痕跡が見つかった。
これらが採集された時期は1891年から2016年までにわたり、日本で標本が作製されるようになった明治期以降、現代までの年代でもれなく見つかった。宮部金吾に続き、やはり著名な植物学者で文化勲章受章者となった牧野富太郎(1862~1957年)が戦前に採集した標本も、この中に含まれていた。ランが採集された場所は北海道から鹿児島県に至る各地に及んでいた。ランの果実を食害するハエが1890年代から継続的に国内の広い範囲にいた様子が時空を超えて浮かび上がってきた。
押し葉標本には、植物を分類するための研究資料というだけでなく、ほかの使い道もあるのではないか――。そうしたみんなの思いから標本を調べ直した取り組みが一つの成果にまとまった。
もっともこの論文では、ハエを即座にランミモグリバエと断定することはできなかった。
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