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100年前の押し葉標本から発見されたランミモグリバエ!

いつから?どこに? 想定外の活用で古い標本がもつ新たな価値が示された

米山正寛 ナチュラリスト

拡大キンラン。都市近郊の雑木林などに育つ。環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されている=筆者撮影
 里山の環境に育つ絶滅危惧種のキンランやクマガイソウをはじめ、国内で多くのラン科植物を食害してその減少に拍車をかけている昆虫にランミモグリバエがいる。被害が問題視されるようになったのは比較的最近だが、少なくとも100年以上前から日本にいたことが各地に残された古い植物標本を調べて分かってきた。

拡大ランミモグリバエの成虫=松尾和典さん撮影
ランミモグリバエ
 学名はJapanagromyza tokunagai。体長約2~3mmの小さな黒いハエ。幼虫は多くの種類のラン科植物で果実を食害し、種子の実りを妨げる。その存在は1953年に初めて日本から報告された。しかし、被害が知られるようになってまだ日が浅く、特に近年に深刻化しているため、一部で外来種説も語られていた。最近の野外調査では、北海道から沖縄県に至る日本全土で、25属55種のランから幼虫や蛹(さなぎ)が発見された。調査対象を広げれば、このハエが見つかるランの種類はもっと増える可能性が高そうだ。

宮部標本を見て「行けるぞ!」

 福島大学共生システム理工学類の山下由美客員准教授は2019年5月、野外調査に出かけた北海道で北海道大学の標本庫に立ち寄り、古い押し葉標本を見て驚いた。札幌農学校の2期生で植物学者となり、文化勲章も受けた宮部金吾(1860~1951年)が1891年に採集したササバギンランの標本の果実に、ハエの蛹が入っているのに気づいたからだ。

 「ランミモグリバエの由来について、ランと一緒に海外から最近持ち込まれた外来種だという話が一部で流れていた。でも本当かどうか分からないので、古くから日本で集められている標本を調べれば何か分かるかもしれないと考えて見せてもらった。100年以上前の標本にも蛹を見つけて『これは行けるぞ!』と思いましたね」

拡大1891年に宮部金吾が採集したササバギンランの標本(北海道大学総合博物館所蔵)。果実の中に蛹が入っていた=山下由美さん提供

 同じような事例が集まれば、ランミモグリバエがいつからどこにいたのかを突き止める手がかりが得られそうだ。さっそく他の標本庫にも出かけて、どのくらい見つかるものか調べてみることにした。

3割以上にハエの痕跡

 山下さんが佐賀大学農学部の辻田有紀准教授や国立科学博物館植物研究部の遊川知久多様性解析・保全グループ長たちと8カ所の大学や博物館の標本を調べた結果は、2020年に発表された。その論文によると、最近の被害が目立つ5種のラン科植物(キンラン、ギンラン、ササバギンラン、クゲヌマラン、クマガイソウ)で果実を付けた194標本を調べたところ、果実の中に残ったままの蛹、成虫が羽化した後の蛹の殻、ハエが出て行った脱出孔などとさまざまながら、32.5%に当たる63標本にハエがいた痕跡が見つかった。

 これらが採集された時期は1891年から2016年までにわたり、日本で標本が作製されるようになった明治期以降、現代までの年代でもれなく見つかった。宮部金吾に続き、やはり著名な植物学者で文化勲章受章者となった牧野富太郎(1862~1957年)が戦前に採集した標本も、この中に含まれていた。ランが採集された場所は北海道から鹿児島県に至る各地に及んでいた。ランの果実を食害するハエが1890年代から継続的に国内の広い範囲にいた様子が時空を超えて浮かび上がってきた。

拡大1906年に採集されたササバギンランの標本(北海道大学総合博物館所蔵)。果実にはハエの蛹がはっきり見えた(左、中)。右は取り出した蛹の殻=山下由美さん提供、上記論文の写真を転載

 押し葉標本には、植物を分類するための研究資料というだけでなく、ほかの使い道もあるのではないか――。そうしたみんなの思いから標本を調べ直した取り組みが一つの成果にまとまった。

 もっともこの論文では、ハエを即座にランミモグリバエと断定することはできなかった。

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筆者

米山正寛

米山正寛(よねやま・まさひろ) ナチュラリスト

自然史科学や農林水産技術などへ関心を寄せるナチュラリスト(修行中)。朝日新聞社で科学記者として取材と執筆に当たったほか、「科学朝日」や「サイアス」の編集部員、公益財団法人森林文化協会「グリーン・パワー」編集長などを務めて2022年春に退社。東北地方に生活の拠点を構えながら、自然との語らいを続けていく。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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