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ロシアのウクライナ侵攻で懸念される環境・気候破壊

「欧州のアマゾン」ポリーシャ地区にも迫る危機

松下和夫 京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー

 戦争は最悪の環境破壊であり人権破壊である。

 ロシアによるウクライナ侵攻によってすでに多数の人命が奪われ、史上最大ともいわれる難民が生じている。まさに人道上の危機である。それに加え、戦争によって環境への甚大な被害が生じ、その影響が今後長期にわたることが危惧される。たとえ戦争が終結したとしても、山河が壊滅的に破壊され汚染されると復興は難しい。

 この戦争が環境に与える影響の全容は現状ではとても把握できない。しかしながら、過去の戦争による環境破壊の歴史が示すところによると、その影響は広範囲かつ長期に及ぶことになるだろう。したがって、少なくとも国際的な環境監視と長期的なモニタリングを早急に開始することが必要である。

ロシアの軍事行動によるウクライナの環境被害

 ウクライナには高度に工業化され人口も密集した多数の都市がある。また、多くの製油所、化学工場、冶金(やきん)施設等が立地している重工業国でもある。このようなウクライナでのロシアの軍事行動は、現在と将来の長期間にわたって、ウクライナの人々とその環境にとって重大な脅威となる。そしてその影響はウクライナだけにはとどまらない。

素材ID 20060304TGAH0050A拡大アゾフスターリ製鉄所の溶鉱炉(ウクライナ・マリウポリ、2006年2月23日撮影)
 とりわけマリウポリは二つの大きな製鉄所と50以上の工業団地がある都市だ。マリウポリへの集中的な攻撃は、大気・水質・土壌などに長期かつ不可逆的な環境リスクを及ぼすことが危惧される(1)。

 また、ウクライナは1986年に史上最大の原子力発電所事故を起こした旧ソ連のチェルノブイリ原発(ウクライナ語の地名はチョルノービリ)があり、現在も国内に稼働中の15基の原発を持つ。15基の原子炉が稼働している国での軍事行動は、前例のないリスクをもたらす。そしてウクライナのみならずヨーロッパ全域の自然環境と人々の健康を何世代にもわたって危険にさらす可能性がある。

 ロシアのウクライナ侵攻当初、国内の原子力発電所が攻撃目標となり砲撃が加えられるという前代未聞の事態が発生した。チェルノブイリ原発もロシア軍により一時占拠された(2)。そしてウクライナ東部のザポリージャ原発も一時期ロシア軍により攻撃され、現在もロシア軍の管理下にある(3)。

素材ID 20220311TGAH0168A拡大ザポリージャ原発の訓練棟の火災に対応する消防関係者(ウクライナ非常事態庁のSNSから、2022年3月4日撮影)

 もしこれらの原発が破壊され、放射性物質が放出されたとすれば、欧州全域をはじめ世界に放射性物質が拡散してしまっていただろう。原子力発電所はそもそも軍事的攻撃の標的とされることを想定して設計されていないので、健康や環境に対する計り知れないリスクがもたらされる恐れがある。

ハシボソヨシキリ拡大ポリーシャに生息する小型の渡り鳥ハシボソヨシキリ©Daniel Rosengren
出所 「SavePolesia」のHP

 ウクライナにはまた、世界的にも貴重な自然の宝庫がある。ウクライナ北部からベラルーシ、ポーランド、ロシア国境をまたぐ、ポリーシャ(4)と呼ばれる低地がある。この巨大な地域はその自然の豊かさからヨーロッパのアマゾンとも称され、1800万ヘクタール以上(ドイツの面積の約半分)を占めている。ここでは、沼地、湿地、森林、ヨーロッパ最大の泥炭地がモザイク状に広がり、プリピャチ川がゆったりと流れている。

拡大プリピャチ川(2019年6月撮影)=ヒョードル・ルイセンコ/shutterstock.com

 ポリーシャは、オオカミ、ヘラジカ、バイソン、オオヤマネコなどの大型哺乳類の拠点でもある。近年その保全活動が着実に続けられてきた貴重なポリーシャが今や戦場となり、戦車によって蹂躙(じゅうりん)されているのである。

 またウクライナ最大の保護地域であり、ラムサール条約湿地に指定されている黒海生物圏保護区での戦闘では、宇宙からも見えるほどの火災が発生しているという(5)。

 この戦争は、ウクライナの小麦やトウモロコシに依存しているウクライナや他の多くの国々の何百万人もの食糧安全保障を脅かしている。

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筆者

松下和夫

松下和夫(まつした・かずお) 京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー

環境省、OECD環境局、国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任。現在国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長も兼ねる。専門は、環境政策、持続可能な発展論、気候変動政策など。著書に、「気候危機とコロナ禍」、「地球環境学への旅」、「環境政策学のすすめ」、「環境ガバナンス」など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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