「患者に対する応招義務」と「国に対する応召義務」
2022年04月27日
我々医師にとっていたたまれない事件が相次いだ。埼玉県ふじみ野市の立てこもり射殺事件、大阪市のクリニックのテナントビル放火事件で犠牲になった先生方には、哀惜の念しかない。患者に誠実に向き合う医療人としての真摯(しんし)な姿勢が、図らずもこのような結果につながってしまったと考えるとやりきれない。
具体的には、医師と患者の信頼関係の欠如は「医師の応招義務」における「診療を拒むことのできる正当な事由」に該当する、という見解である。
この「医師の応招義務」とは、1949年施行の医師法第19条で定められた「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という法令である。当初は「応召義務」と表記されていた。その後、70年以上にわたって「応招義務の範囲」すなわち診療拒否の「正当な事由」に関する議論が繰り返されてきた。上記の医師会常任理事の見解もこれに該当する。
しかしながら、この議論は的外れである。本来、「応招義務」は医師が国に対して負担する公法上の義務で私法上の義務ではない。すなわち、医師が患者に対して直接民事上負担する義務ではない。また、医師法には応招義務違反に関する刑事罰も規定されておらず、行政処分の実例も皆無である。
すなわち、法令上、「患者が診療を要求する権利」も「医師がそれに応える義務」も存在しないのだ。「応招義務」に実質的な法的拘束力があるという誤解が、個々の医師の「患者が診療を要求すればそれを拒否をしてはならない」という「職業倫理・規範」に変換されて、70年にわたって社会的要請や国民の期待に応えてきたのが実態である。しかしながら一方では、この誤解が医師の過重労働につながった側面もある。上記の医師が犠牲になった痛ましい事件もこの誤解が根底にある可能性は否定できない。
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