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駆除した生き物の「有効活用」のわな

「命を奪うなら」という論調への違和感

小坪遊 朝日新聞科学みらい部デスク

 鳥獣害対策の捕獲や外来種の駆除活動で、捕まえた生き物の「その後」が話題になることが増えてきた。メディアにじわじわ広がっているのが「命を奪うなら有効活用を」という論調だ。こうした有効活用には説得力もあるが、落とし穴もある。3つの視点からこうした報道の問題点を考えたい。筆者の懸念を明確にするため、やや刺激的な表現があることは、お許し願いたい。

拡大わなで捕獲されたエゾシカ=2019年8月、北海道稚内市
 農業などへの鳥獣害が深刻になり、池干しなどに代表される外来種対策への関心も高まっている。農地の自衛や地域で行う生物多様性の保全活動などの中で、これまで生き物の命を奪う現場とは関係が薄かった人たちも駆除の最前線に出てくることが増えている。こうした人たちにとっては、自分の活動が奪う命がその後も活用されることは、心理的負担を減らしたり、活動の意義を多様化したりしてくれるかもしれない。そうした観点から、有効活用を取り上げることにも一定の理由付けは可能だと思う。

有害捕獲の意味を考える3つの視点

 それでも、こうした有効活用が過度に美化されたり、「あるべき姿」として報道されたりすることに対して、筆者は、①本来の目的、②実現可能性、③活動する人への悪影響、の3つの視点から、違和感と危惧を覚えている。以下、順を追って考えを述べる。

 最初は、本来の目的は何であるのか、という点だ。

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筆者

小坪遊

小坪遊(こつぼ・ゆう) 朝日新聞科学みらい部デスク

1980年福岡県生まれ。2005年朝日新聞入社。松山総局、福島総局などを経て、科学医療部に在籍。好きなテーマは生物多様性。著書に「『池の水』抜くのは誰のため?―暴走する生き物愛―」(新潮新書)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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