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ゾンビ化する温暖化を疑う人々。その科学的、経済学的なおかしさ

温暖化懐疑論および対策不要論に改めて反論する1

明日香壽川 東北大学東北アジア研究センター/環境科学研究科教授

 気候危機が叫ばれる一方で、日本ではいまだに、まるでゾンビのように温暖化懐疑論や対策不要論が様々なメディアを通して流されている。

 まず温暖化懐疑論には以下の三つがある。

 ①温暖化していない

 ②二酸化炭素(CO₂)は温暖化とは関係ない

 ③温暖化して何が悪い

 一方、温暖化対策不要論は、今起きている温暖化が人為起源であることは認めるものの、主に以下のような理由で、温暖化対策の必要性はないと主張する。

 ①不確実性が高い

 ②温暖化のリスクは大きくない

 ③温暖化対策には大きな費用がかかる

豪雨に見舞われた住人をゴムボートで救出する消防隊員ら=2022年8月4日、石川県小松市、マハール有仁州撮影豪雨に見舞われた住人をゴムボートで救出する消防隊員ら=2022年8月4日、石川県小松市、マハール有仁州撮影
 SNSを含むメディアで活発に発言している温暖化懐疑論者としては、長く反原発運動に関わっている広瀬隆氏がいる。また、ダイレクト出版の『「地球温暖化のウソを作ったのは私です」東大教授』『地球温暖化は嘘です』を書いた渡辺正氏(元東大教授)もいる。このネット広告をご覧になった方は少なくないと思う。

 ちなみに、このダイレクト出版の広告は、いわゆるリターゲティング広告であり、一度でもクリックするとクッキーに記録され、他のサイトを訪問した時も追いかけるように表示される。なので、私はいやが応でも頻繁に目にしてしまう。

 一方、温暖化対策不要論としては、例えばキヤノングローバル戦略研究所の杉山大志氏や東京大学の有馬純氏がいる。杉山氏は『15歳からの地球温暖化 学校では教えてくれないファクトフルネス 』(扶桑社2021年)で、有馬氏は『亡国の環境原理主義』(エネルギーフォーラム2021年)で、それぞれ持論を展開している。

 『15歳からの地球温暖化』は、タイトルも装丁も、一見、温暖化問題の深刻さを訴えているように見える。しかし、内容は逆であり、マーケティングの手法かもしれないが、子供を対象としていることも含め、正直、疑問を持った。『亡国の環境原理主義』は、そのままズバリのタイトルだ。温暖化対策が日本経済に対してマイナス影響を与えて、それが亡国につながるというメッセージかと思う。

 意見としては尊重するものの、海面上昇などで国土を亡くす危機にある国の人や、大洪水で国土の3分の1が水没したパキスタンの人が、タイトルを聞いたらどう思うだろうか。

 かねてから温室効果ガス削減について「何より本質的な問題は、半減目標にそもそも現実味がないことだ」(2013年8月18日「波聞風問」温暖化対策 現実味なき目標の罪)、50年実質ゼロについて「そこまでしなければいけないほど温暖化は人類の脅威なのだろうか。『そう言えるほどの科学的根拠はない』とキヤノングローバル戦略研究所の杉山大志氏は言う」(2021年3月3日「多事奏論」グリーンバブルと日本 脱炭素目標の残念な現実)などと温暖化対策に消極的な論陣を張り続けている朝日新聞の原真人編集委員も、「温暖化対策不要論者」あるいは「温暖化対策最小論者」と言えるだろう。

池田信夫氏の公開質問状

 懐疑論と対策不要論の両方に関わっている人に経済評論家の池田信夫氏がいる。実は、現在、池田信夫氏のブログ広告が、Youtube社(親会社はGoogle社)の「「気候変動に関連して信頼できる科学的なコンセンサスと矛盾するコンテンツとなっている広告は禁止」という方針に抵触して広告禁止になっている。それに対して、池田氏は2022年1月19日、Google日本法人社長宛てに公開質問状を出した(この中では上記の杉山氏の議論も援用している)。

 もちろん、言論の自由は大事だ。少数意見がメディアに取り上げられて、いわゆる両論併記(both-sidism)されるのも、時と場合によっては重要だ。しかし、例えば、ある企業が「喫煙は身体に良い」という広告を出したら、その企業や広告を流したメディアは許されるだろうか。すなわち、イシューごとに検討する必要があり、両論併記されうるか否かは、メディアを含めた社会全体が持つ科学的知見の質と量に大きくよる。

 私は13年前、国立環境研究所や海洋研究開発機構の研究者とともに、懐疑論に対する包括的な反論を書いた。その内容に大きく変えるべき点はないし、いまもほぼ通用する。明日香寿川・吉村純・増田耕一・河宮未知生・江守正多・野沢徹・高橋潔・伊勢武史・川村賢二・山本政一郎『地球温暖化懐疑論批判』(2009)

 本稿では、改めて5回に分けて、池田信夫氏のGoogle支社長宛ての公開質問状への回答を中心にして、懐疑論や対策不要論の問題点を明らかにする。「国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の最新報告書などの気候変動の科学と経済に関する最新の知見も紹介しながら、なるべくわかりやすく、懐疑論や対策不要論のロジックの間違いと事実認識の間違いの両方を指摘していく。

 1回目となる今回は、以下で池田信夫氏の10ある質問の中の最初の二つについて回答を述べる。なお、池田氏の質問は、図表も含めて彼のブログの文章をそのまま引用しており、図表の出典などが不十分な場合もある。

温暖化の原因は人間活動か

図1(東大グローバル・コモンズ・センター)図1(東大グローバル・コモンズ・センター)
池田氏の質問1:温暖化の原因は人間の活動なのでしょうか?
東大には去年、グローバル・コモンズ・センターができて、そのダイレクターの石井菜穂子さんは図1のようなスライドで「人類が地球環境危機を起こした」と言っていますが、これは変ですね。
 「完新世」というのは今から1万1700年前に氷河期が終わり、人類が定住し始めた時代ですが、地球の平均気温もその時期に大きく上がっています。でも1万年前に人間の出すCO₂は微々たるものだったので、この図は地球温暖化が始まった原因は人間活動ではなかったことを証明しています。その逆に、温暖化で大気中のCO₂が増えたのです。

 池田氏の質問1に対する回答

 まず論理的な問題がある。「過去は人間が少なくてCO₂排出も小さかった」ということから、「今起きている急激な気温上昇は人間活動によるものではない」という結論は導くことはできない。なぜなら、過去の気温上昇のメカニズムと現在の気温上昇のメカニズムが同じと断定することはできないからだ。また、気温上昇で大気中のCO₂が増えるのは確かだが、それだけでCO₂による気温上昇はないと断定するのも論理的に間違っている。

 実際には、地球における気温上昇あるいは気温変化には異なる様々なメカニズムがあり、CO₂は気温上昇の原因および結果の両方になっている。

 過去に数万年周期で起きている氷河期から間氷期に移行する際の気温上昇は、太陽の周りを回る地球の軌道が変化したことが原因だと考えられている。これはミランコビッチという研究者が唱えた説で、ほぼ正しいだろうというのが今の気候科学の研究者のコンセンサスだ(例えば、Buis 2020)

 すなわち、地球の軌道変化によって、地表に届く季節ごとの太陽光エネルギーが増加し、それが気温や海水温を上昇させ、結果的に海から大気中にCO₂が放出した。海水温が上昇すると、海からCO₂が大気中に放出され、その結果として温暖化がさらに進み、さらにCO₂が放出される。つまり、CO₂濃度の上昇は、気温上昇の原因であると同時に、気温上昇の結果となっている。

 一方、私たちが生きている20世紀後半からの人為的CO₂排出による急激な気温上昇は、過去の気温上昇のメカニズムとは全く異なるメカニズムで起きている。そのことは気温上昇やCO₂濃度のスピードの違いからもわかる。

 具体的には、過去のCO₂濃度の100ppmの自然変動には通常5000~20000年かかっている。しかし、最近のCO₂濃度の100ppmの増加は、わずか120年の速さで起きた。大気中のCO₂濃度も、過去1500万年から2000万年の間で最も高いレベルにある。

 気温上昇も、2万1000年前の氷河期から間氷期への移行の場合、1万年かけて4~7℃上昇している。一方、20世紀後半からの気温上昇のスピードは、その10倍だ。

 過去の気温上昇では、地球に到達する太陽光エネルギーの量的変化が原因だった。その結果、CO₂濃度が増加し、そのことで気温上昇が加速した。すなわち、CO₂は結果と原因の両方になっている。一方、今の気温上昇は、太陽光エネルギーの量に変化が見られず、逆に過去35年間に太陽光エネルギーの量は減少傾向にある、すなわち、太陽光エネルギー量の変化以外の理由(例:太陽からの宇宙線量の変化)も観測によって否定されていることも含めて考えると、人為的CO₂排出が原因となって起きているとしか考えられない。

 なお、現在の気温上昇がCO₂などの温室効果ガスが原因であるとし考えられないことは、様々な別の科学的な観測結果も支持している。例えば、大気中にCO₂が増えると、大気下層部(私たちが生活し、天候の変化を感じる対流圏)が暖かくなる。これは、CO₂が地球の表面から放射される赤外線を捕らえるからだ。

 しかし、対流圏の上空にある成層圏では、CO₂増加により大気は冷却される。これは、理論的には、成層圏でCO₂が増えると、より多くの熱を宇宙へ放射することになるからだ。そして、実際に成層圏では、ここ数十年、大気中のCO₂が増加するにつれて温度が低下している。

 仮に、太陽光エネルギーの増加や宇宙線量の変化が気温上昇の原因だとすると、その場合は大気全体で気温上昇が観測されるはずだ。しかし、そうはなっていない。このことと、前述の地球に到達する太陽光エネルギーの量的変化が観測されていないという事実などからも、太陽活動や宇宙線量の変化が現在の気温上昇の原因だという説は、棄却される。

地球環境を変えたのは人間か

図2 炭素循環図2 炭素循環
 池田氏の質問2:人類は地球環境を大きく変えたのでしょうか?
 図1のように産業革命以降を「人新世」と呼んで、人類が地球環境を大きく変えたと思っている人は多いのですが、最大の温室効果ガスは水蒸気です。大気中のCO₂濃度は0.04%ですが、水蒸気は2%なので、温室効果の48%は水蒸気で、CO₂は21%です。
 CO₂の循環の中でも、人間活動で出るのは年間50億トン。大気中にあるCO₂の1/15です。自然の大きなサイクルの中では人間活動はちっぽけなものですが、人間は今までの気温に順応して生活してきたので、それが急に変化すると困ります。人間が悪化させているのは人間の生活であって、地球の問題ではないのです。

 池田氏の質問2に対する回答

 人間が悪化させているのは人間の生活であるというのは正しい。前述のように、まさに私たちが排出したCO₂によってパキスタンの国土の3分の1が水没し、3300万人が被災し、1200人以上が死亡した。食料や水の不足、感染症などで、さらに死亡者が増えるのは確実だろう。文字通り、私たちが彼らの生活を破壊し、命を奪った。それが問題なので、温暖化対策が必要とされる。

 ただし、上記の主張にある人為的なCO₂排出の地球環境に対する影響に関する理解は間違っている。なぜなら、「正のフィードバックループ」と呼ぶ、CO₂が水蒸気に影響を与えて、大気中の温度変化を大きくするという事実を無視しているからだ。

 大気中の水蒸気の量は、気温と直接関係している。気温が上がれば、より多くの水が蒸発して水蒸気になる。すなわち、何か他の原因(CO₂など)で温度が上昇すると、より多くの水が蒸発する。水蒸気は温室効果ガスなので、この水蒸気の増加によって気温がさらに上昇する。

 この水蒸気によるフィードバックは、CO₂による温暖化を、約2倍にすることが分かっている。つまり、CO₂による1℃の変化があった場合、水蒸気によってさらに約1℃気温が上昇する。他のフィードバックループを含めると、CO₂による1℃の変化で、実際には約3℃温暖化する。

 また、水は陸や海から蒸発し、常に雨や雪として降っている。そのため、水蒸気として大気中に存在する量は、その場所の天候によって、わずか数時間、数日で陸や海に戻る。つまり、水蒸気は最も大きな温室効果ガスであるにもかかわらず、比較的に大気中の滞在時間が短い温室効果ガスだ。

 水蒸気は、人間活動がなければ、その濃度は一定に保たれている。また、人間が排出量や濃度をコントロールするのは極めて困難な温室効果ガスでもある。一方、CO₂は、100年以上も大気中に留まる温室効果ガスだ。すなわち少量の追加ではあるものの、長期間大気中に蓄積されて、水蒸気によるフィードバックも含めてより長期的な影響を与える。

 池田氏の質問1への回答でも示したように、20世紀後半から起きている現在の気温上昇や CO₂濃度上昇は、過去に数万年周期で起きている氷河期から間氷期に移行する際の気温上昇とは全く異なるメカニズムで起きている。

 今の急激な気温上昇は、人為起源のCO₂排出が、自然の炭素循環のバランスを急激に崩していることが原因であり、それが水蒸気濃度を高めることによって、気温上昇をさらに加速している。それゆえにCO₂排出削減が私たちに求められている。

<参考文献>
Buis A.(2020)Milankovitch (Orbital) Cycles and Their Role in Earth's Climate.
https://climate.nasa.gov/news/2948/milankovitch-orbital-cycles-and-their-role-in-earths-climate/

(この項続く)