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「原発回帰」の激流を英国の新政策から予感する

日本発で「原子力リスク回避」の環境政策を発信すべきではないか

尾関章 科学ジャーナリスト

 「強まる原発回帰」と題する解説記事が、朝日新聞朝刊のオピニオン面に出ていた(2022年4月18日付、川村剛志記者)。冒頭で「脱炭素を追い風に、欧州や米国などで原子力回帰の動きが強まりつつある」と要約している。その通りだ。

EUが、そして英国が

拡大=shutterstock.com
 この構図は、とくに欧州で顕著になっている。今年2月初め、欧州連合(EU)の欧州委員会が原子力発電を、一定の条件が整えば環境保護型の持続可能な経済活動と認める方針を決めた。ドイツなどは反対したが、温暖化対策が焦眉の急となるなかで、温室効果ガス排出抑制の現実的な選択肢として受け入れたのだ。その後、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、ロシアに対する経済制裁で化石燃料の需給動向が見通せなくなって、原子力回帰の機運はいっそう高まっている。

 このタイミングで打ちだされたのが、英国の原発増設路線だ。ボリス・ジョンソン政権が4月上旬に発表した最新の「エネルギー安全保障戦略」に明記された。英国はEUを離脱したが、原子力に前向きな姿勢をとることでは歩調を合わせたことになる。

拡大ジョンソン英首相=2019年10月
 この潮流は日本の環境保護運動にとって厳しい試練となるだろう。私たちは環境政策を立案するとき、欧州を手本にすることが多かったが、今度ばかりはそれが得策とは思えないからだ。自前の思考と論理で私たちの生存環境を脅かすリスクに対する適切な向きあい方を見いださなくてはならない。

 地球温暖化と原子力事故はどちらも私たちの生命と環境に害をもたらすが、リスクの質は異なる。温暖化は、病気でいえば慢性病。患者予備軍が生活習慣を改善するように、人類は長い目で産業構造や生活様式を変えなくてはならない。これに対して、原子力事故は急性発作に似ている。発作を避けるにはリスク要因を排除することが肝要だ。原発の重大事故は自然災害のような偶発事象でも起こるから、長く運転していることそのものがリスクとなる。たとえ原発容認の立場をとるにしても、運転を続けていることがリスクを抱え込むことになるという認識だけはもっていたほうがよい。

原発8基の増設構想も

 ところが、その認識がまったくみてとれないのが、英国の新しい「エネルギー安全保障戦略」だ。その文書を英国政府の公式ウェブサイトで開くと、英国内で原子力利用を拡大する方針を明言している。そこに挙げられた数値を箇条書きにしてみよう。

・原子力の発電能力を2050年までに最大2400万kW(現在の3倍強)まで高める。
・2400万kWは電力需要予想値の25%に相当する(現在の能力は需要の約15%)。
・この目標を達成させるために最多で8基の原発を新たに建設する。

原発先進国の故事もちだす

 この「戦略」で目を引くのは、英国のエリザベス女王が1956年、イングランド北西部カンブリア地方のコールダーホール原発の開所式に出席したことをもちだしている点だ。この1号機は西側世界で最初の原発だった。「めざすは、私たちが開拓した技術でもう一度、世界の先頭に立つことだ」。英国人の自尊心をくすぐる故事を引いて、原子力回帰を訴えかけている。

拡大稼働中の英国サイズウェルB原子力発電所=EDFエナジー社のサイトから
 実は英国は近年、原子力離脱の傾向にあった。業界の国際組織である世界原子力協会(本部・ロンドン)のウェブサイトによると、英国内では今年4月現在、現役の原子炉が11基、建設中は2基。その一方で34基がすでに廃炉・閉鎖になったという。現有の発電能力は、フランスの約9分の1で、大きく水をあけられている。こうしたなかで「戦略」は、原子力に対する「数十年間にわたる過少投資」を反転させる、という決意を表明したのである。

 ジョンソン政権がこれほどの原子力シフトに踏み切った理由は何か。

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。週1回の読書ブログ「めぐりあう書物たち」を開設中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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