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南方熊楠が愛した「神の島」のエコロジー

熊野の無人島、荒廃した自然林が教える生物のつながり

小林哲 朝日新聞科学みらい部長代理

拡大熊楠の肖像の前で足を止め、収蔵品に見入る人たち=2017年10月、和歌山県白浜町の南方熊楠記念館
南方熊楠記念館
 「知の巨人」と呼ばれた博物学者で、粘菌の研究で知られる南方熊楠(1867~1941年)は、日本の環境保護活動の先駆者としても知られる。留学先のロンドンから帰国後に住んだ和歌山県田辺市には、彼が「エコロジー」という言葉で表現し、原生林の保護に奔走した無人島「神島(かしま)」がある。5月初旬、国の天然記念物に指定され、通常は立ち入ることができない島を訪れる機会があった。熊楠の思想にも影響を与えた島の歴史と現状を報告したい。

熊楠が愛した無人島

 神島は、街の中心部から約2㌔沖に離れた田辺湾にある。「おやま」と「こやま」の大小からなり、面積はサッカーコート4面分ほどの小さな無人島だ。島全体が亜熱帯性の照葉樹林に覆われ、古くから神が住むとしてあがめられてきた。おやまの小高い頂上にはほこらがあり、「鎮守の森」がそのまま湾にせり出したような姿をしている。

拡大田辺湾に浮かぶ神島(おやま)=2022年5月1日、筆者撮影
拡大こやまから見たおやま。手前の岩場は満潮になると水没する=2022年5月1日、筆者撮影

 島への渡航は、昨年の南方熊楠賞を受賞した元京都大総長の山極寿一さん(総合地球環境学研究所所長)の視察に同行させてもらうことで実現した。地元の漁港から船で10分ほど。小雨の降る中、雨具を着て島内を歩き回った。

 案内してくれた田辺市にある南方熊楠顕彰館の研究員・土永知子さんによると、太平洋に面し、温暖で適度な降水がある神島は、かつては常緑高木のタブノキの巨木で覆われていた。湾にせり出した島は近くの岬から300メートルほどしか離れておらず、明治初期には「こやま」の樹木が伐採された記録が残る。タブノキは材木としてだけでなく、幹や枝を粉にしたものが蚊取り線香や線香の原料として重宝された。切り倒した木を船で搬出しやすい条件も重なって、島の木々は受難続きだったようだ。

拡大南方熊楠邸の書斎=2022年5月1日、和歌山県田辺市、筆者撮影
拡大熊楠邸の庭にある書庫には、大量の書籍や標本が残されていた=2022年5月1日、筆者撮影

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筆者

小林哲

小林哲(こばやし・てつ) 朝日新聞科学みらい部長代理

1971年栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修了。1996年朝日新聞入社、科学医療部員、広州・香港支局長、文化くらし報道部員、アメリカ総局員を経て、科学医療部、社会部、オピニオン編集部でデスクを務めた。2022年から現職。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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