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日本は温暖化対策をした方が断然お得。雇用や経済だけでなく健康にも効果

温暖化懐疑論および対策不要論に改めて反論する5完

明日香壽川 東北大学東北アジア研究センター/環境科学研究科教授

 引き続き「池田氏の質問10:温暖化で確実に起こることは何ですか?」に回答する。

 前回書いたように、再エネと省エネによる温暖化対策がGDPに与えるマイナス影響は、世界全体でもほぼゼロである。また、温暖化被害の費用を考慮すると、温暖化対策をした方がGDPはプラスになる。そして、日本のような化石燃料輸入国は、温暖化被害の費用を考慮しなくても、温暖化対策をした方が経済合理性はある。それは、化石燃料輸入額が小さくなるからである。しかし、化石燃料輸入を続けさせたい抵抗勢力の力が強いため、再エネや省エネの導入は進まず、再エネの価格も他の国に比べると高いというのが、実情である。

ザーヤンデ川は、川底がむき出しになり、乾燥してひび割れていた=2021年11月、イラン中部イスファハンザーヤンデ川は、川底がむき出しになり、乾燥してひび割れていた=2021年11月、イラン中部イスファハン
 実は、中東の産油国なども再エネ導入を進めており、再エネの発電コストは低下している。彼らは、化石燃料をなるべく長く売り続け、その収入で再エネを大幅に導入して、欧州などへの送電も計画している。いわば「両張り」の戦略をとっている。

 このように、世界中で再エネの価格低下と普及が加速されるなか、先進国で再エネのコストが国際水準から見て高いのは、日本やロシアだ。日本で再エネ導入が遅れた理由は極めて単純で、原発や火力発電所を主な経営資産として持つ大手電力会社が、導入したくなかったからだ。

 大手電力会社は政府にロビー活動し、「再エネは将来においても高い」「これ以上の省エネは無理」「エネルギー転換は国民にとって経済負担になる」と、政府にも言い続けさせた。しかし、最新の国際エネルギー機関(IEA)や国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書などは、まさにこのような主張は間違いであったと指摘している。政府は、政治的な支持基盤である電力会社やエネルギー多消費産業の短期的利益を守るために、再エネ・省エネの普及に必要な制度設計を怠った。現在、化石燃料価格が高騰する中、明らかに国益に反するような政策ミスがあったと言わざるを得ない。

経済、雇用、健康に効果

 2030年および2050年における日本の具体的なエネルギーミックスに関しては、たとえば、私も参加している未来のためのエネルギー転換研究グループが、具体的な代替シナリオ(GR戦略)およびその経済効果などを明らかにしており、政府の第6次エネルギー基本計画に基づいたシナリオよりも経済合理性があることを示している。

パキスタンの洪水では、国土の3分の1が冠水したとされる=2022年8月、カイバル・パクトゥンクワ州、「HOPE’87」提供 パキスタンの洪水では、国土の3分の1が冠水したとされる=2022年8月、カイバル・パクトゥンクワ州、「HOPE’87」提供
 なお、このような分析結果は世界共通と言っても過言ではない。例えば、米国では三つのシンクタンクと米予算管理局が、それぞれ独自に2022年8月に成立した米バイデン政権の「インフレ抑制法」の経済効果を分析している。それらは、いずれも再エネ・省エネによる雇用拡大、エネルギーコスト削減、GDP押上げ、大気汚染による死亡者数減少などのプラスの効果を定量的に示しており、GR戦略と同様な分析結果となっている。

 未来のためのエネルギー転換研究グループの分析では、政府シナリオよりも積極的に省エネ・再エネを進め、コロナ禍からのグリーンリカバリー(GR)も意識したシナリオ(GR戦略)で、CO₂排出量は2030年に1990年比で55%削減、2013年比で61%削減が実現される(政府シナリオは2013年比で45%)。また、このようなGR戦略を実施することで、下記のような経済、雇用、健康などに対する効果があることを具体的に示されている。


 投資額:2030年までに累積約202兆円(民間約151兆円、公的資金約51兆円)、
2050年までに累積約340兆円

 経済効果:2030年までに累積205兆円(内閣府「中長期の経済財政に関する試算2020年7月31日」におけるベースラインケースのGDP予測に対する増加額)

 雇用創出数:2030 年までに約2544万人年(年間約254万人の雇用が10年間維持)

 エネルギー支出削減額:2030年までに累積約358兆円(2050年までに累積約500兆円)

 化石燃料輸入削減額:2030年までに累積約51.7兆円

 大気汚染による死亡の回避:2030年までにPM2.5曝露(ばくろ)による2920人の死亡を回避

 GR戦略では、電力需給バランスに問題ないことや電力コストが上昇しないことも明らかにしている。すなわち、GR戦略の方が、温暖化対策が不十分な政府シナリオよりも経済合理性を持つことを示している。

日本は温暖化対策の「勝者」

氾濫した内川川。日本を始め世界中で洪水や氾濫が相次いでいる=2022年8月、秋田県五城目町
氾濫した内川川。日本を始め世界中で洪水や氾濫が相次いでいる=2022年8月、秋田県五城目町
 温暖化対策の費用便益を考える場合には、各国の個別事情を考慮する必要がある。言うまでもなく、国によって費用便益は大きく異なる。最も費用が大きく、便益が小さい国は化石燃料輸出国だ。ゆえに彼らは一貫して温暖化の科学を否定し、国際社会が温暖化対策を進めるのを止めさせようとしてきた。

 一方、日本は化石燃料輸入国であり、現在、年間15~20兆円を中東やロシアなどの化石燃料輸出国、あるいは海外企業に支払っている(今年は倍増すると予想される)。日本が温暖化対策を進めることは、このような海外への支払額が減少して、その分が国内投資に回ることを意味する。したがって、日本は明らかに温暖化対策における「勝者」というのが、世界の研究者のコンセンサスだと言える。

 日本は勝者になるはずなのに、それを阻もうとしている人たちがいる。今のエネルギーシステムを維持することで利益を得る一部の人たちだ。そして、意識的あるいは無意識的に彼らの代弁者となっているのが、冒頭で挙げた温暖化懐疑論や対策不要論の「有識者」だと言える。大変残念に思う。

<参考文献>
Carleton et al.(2020)VALUING THE GLOBAL MORTALITY CONSEQUENCES OF CLIMATE CHANGE ACCOUNTING FOR ADAPTATION COSTS AND BENEFITS, NBER WORKING PAPER SERIES 27599, July 2020.
https://impactlab.org/research/valuing-the-global-mortality-consequences-of-climate-change-accounting-for-adaptation-costs-and-benefits/


Climate Action Tracker(2021)Global update: Projected warming from Paris pledges drops to 2.4 degrees after US Summit: analysis.
https://climateactiontracker.org/press/global-update-projected-warming-from-paris-pledges-drops-to-two-point-four-degrees/]


Eckstein et al.(2021)GLOBAL CLIMATE RISK INDEX 2021.
https://germanwatch.org/sites/default/files/Global%20Climate%20Risk%20Index%202021_2.pdf


House Select Committee on Climate Crisis(2020)CONGRESSIONAL ACTION PLAN FOR A CLEAN ENERGY ECONOMY AND A HEALTHY, RESILIENT, AND JUST AMERICA.
https://climatecrisis.house.gov/news/documents/solving-climate-crisis-congressional-action-plan-clean-energy-economy-and-healthy


Hsiang et al.(2017)Estimating economic damage from climate change in the United States, SCIENCE ? 30 Jun 2017 ? Vol 356, Issue 6345 ? pp. 1362-1369 ? DOI: 10.1126/science.aal4369
https://www.science.org/doi/full/10.1126/science.aal4369


環境省(2020)気候変動影響評価報告書総説、2020年12月.
https://www.env.go.jp/press/files/jp/115261.pdf


Matthew E. Kahn, Kamiar Mohaddes, Ryan N.C. Ng, M. Hashem Pesaran, Mehdi Raissi & Jui-Chung Yang(2019)Long-Term Macroeconomic Effects of Climate Change: A Cross-Country Analysis, NBER WORKING PAPER 26167, DOI 10.3386/w26167, ISSUE DATE August 2019.
https://www.nber.org/papers/w26167


未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021a)「レポート 2030:グリーン・リカバリーと2050年カーボン・ニュートラルを実現する 2030 年までのロードマップ」2021年2月25日.
https://green-recovery-japan.org/


未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021b)「日本政府の2030年温室効果ガス46%削減目標は脱原発と脱石炭で十分に実現可能だ-より大きな削減も技術的・経済的に可能であり、公平性の観点からは求められている」2021年6月4日.
https://green-recovery-japan.org/pdf/greenhousegas_2030.pdf