メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

気象災害の増加と拡大、食料危機はすでに起きている

温暖化懐疑論および対策不要論に改めて反論する3

明日香壽川 東北大学東北アジア研究センター/環境科学研究科教授

 前回に続いて、2022年1月19日に池田信夫氏が、Google日本法人社長宛ての公開質問状にある10の質問に回答していく。今回は質問6から9まで、主に温暖化による被害に関するものだ。なお、前回でも述べたように、質問や図表は、すべて池田氏のブログのものをそのまま載せている。このため、図表の出典などが不十分な場合もある。

異常気象は増えているのか

 池田氏の質問6:異常気象は増えてるんですか?
図6 世界の大雨の雨量(NOAA)
図6 世界の大雨の雨量(NOAA)
 NOAAの調べでは、世界中で20世紀にハリケーンなどの異常気象が増える傾向は見られませんが、図6のように雨量は増えています。国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、今後は熱帯でサイクロンや熱波や洪水が増えると予想していますが、今のところそれほど大きく災害が増えているわけではありません。今の気温は産業革命から200年で1.1℃上がっているので、同じペースで上がるとすれば、それほど激増することはないでしょう。

 池田氏の質問6に対する回答

 「今のところそれほど大きく災害が増えているわけではありません」「今の気温は産業革命から200年で1.1℃上がっているので、同じペースで上がるとすれば、それほど激増することはないでしょう」という事実認識および根拠のない推測は、明らかに間違っている。

 世界気象機関(WMO)の報告書(WMO 2021)によると、過去50年間(1970~2019年)に気象、気候、水災害に関する災害が毎日発生し、平均すると、毎日115人が死亡、2億200万米ドルの損失が発生している。また、災害の発生件数は50年間で5倍に増加している。

川底が露出し、日照りで地面がひび割れtた長江支流の嘉陵江=2022年8月25日、中国・重慶市川底が露出し、日照りで地面がひび割れtた長江支流の嘉陵江=2022年8月25日、中国・重慶市
 確かに、早期警報や救助システムなどの災害管理の改善により、死者数は減少している。災害報告の改善などもある。しかし、そのことを持って、単純に災害が減っていると根拠なく勝手に判断するのは、明らかに間違っている。

 同報告書によると、1970年から2019年まで、気象・気候・水災害は全災害の50%、報告された全死亡者の45%、報告された全経済損失の74%を占めている。これらの死者の91%以上は、発展途上国で発生している。

 上位10災害のうち、期間中に最も大きな人的被害をもたらした災害は、干ばつ(死者650,000人)、嵐(死者577,232人)、洪水(死者58,700人)、異常気温(死者55,736人)だった。

 経済的損失については、上位10事象に暴風雨(5,210億米ドル)、洪水(1,150億米ドル)が含まれている。50年間で、毎日平均2億200万米ドルの損害が発生している。また、2010年から2019年にかけて報告された損失額(10年間で1日平均3億8300万米ドル)は、1970年から1979年にかけて報告された額(1日平均4900万米ドル)の7倍だった。

 なお、米政府予算管理局は、過去5年間の被害費用は年間1200億ドルの規模まで増えたとしている。また、2021年時点での政策レベルが続くとした場合、気候変動は今世紀末までに米国のGDPを3~10%減少させる可能性があり、その場合、今世紀末に年間の歳入が7.1%(現在のドルでは年間2兆ドルに相当)減少すると推定している。さらに、沿岸災害救援、洪水保険、農作物保険、医療保険、山火事の鎮圧、連邦施設の洪水被害対策という6種類の気象災害に対する連邦としての歳出だけで、年間250億ドル〜1280億ドルが必要としている。

自然災害の被害は増えたのか

 池田氏の質問7:自然災害の被害は増えたんですか?
図7 世界の自然災害の被害(EMDAT)図7 世界の自然災害の被害(EMDAT)
 大きく減りました。EMDAT(国際災害データベース)によると、図7のように自然災害の死者は、1920年代の年間55万人から2010年代には5万人に減りました。自然災害による死者は、この100年で92%も減ったのです。これは災害が減ったからではなく、途上国の災害対策が整備されたからです。

池田氏の質問7に対する回答

 まず池田氏が挙げている図7は、英オックスフォード大学の研究者がEMDAT(国際災害データベース)などのデータをもとに災害情報などを整理しているOur world in dataというページから引用したものであり、実際にそこには図7と同じ図が載っている。

 しかし、その図における「自然災害」には、地震や火山噴火も含まれている。ゆえに、気象災害を議論するデータとしては適切ではない。また、確かに死亡者数は減っているが、1920年代から1950年代は、いわゆる戦中から戦後にかけての時代であり、現在とは食料供給や医療体制の整備状況などがまったく異なる。

 したがって、この時代の死者数と現代の死者数を比較することも適切ではない。さらに、池田氏の質問6の回答でも述べたように、災害数や災害による経済損失は増加している。実は、池田氏が引用したと思われるOur world in dataのページでは、この図7で死亡者数が減少しているということに対して、「この傾向は、災害の頻度が減ったとか、災害の強さが弱くなったということではない。災害による死亡を防ぐ能力が昔より格段に向上したということである。」という注意書きがある。

 おそらく、この注意書きを池田氏は見落としているか、そもそも説明文を見ていないのだろう。いずれにしろ、自然災害の死亡者数が減少したことは、何重もの意味でCO2排出削減などの努力を怠る理由には全くならない。

 災害による死亡者数が減少しているとしても、以上の経済的損失は現実的に世界の実体経済に大きな影響を及ぼしており、前述のように、その損失額は拡大トレンドにある。すなわち気候変動対策を実施しなければ、より大きな負の経済影響がもたらされるのは明らかであり、将来世代ではなく、すでに私たち現世代がそのような被害を、現実として受けている。

温暖化の元凶はCO₂か

 
図8 畜産業の温室効果図8 畜産業の温室効果
池田氏の質問8:温室効果ガスはCO₂だけですか?
 ちがいます。世界の温室効果ガスのうち、メタンは15.8%(CO₂換算)を占めます。これはメタンの温室効果が、CO₂の28倍と高いためです。メタンのうち最大の24%を占めるのが、消化管内発酵つまり家畜のゲップやオナラです。

 池田氏の質問8に対する回答

 畜産業が温室効果ガスの排出に影響を与えているのは確かだ。しかし、先進国の場合、特に日本で排出される温室効果ガスの約9割は、人間活動によるCO₂だ。また、畜産業は人間の肉食習慣によるものと考えれば、人間活動による排出とも言える。いずれしろ、人間による温室効果ガスの排出削減努力が必要であることは変わらない。

農産物の生産は減るのか

 
図9 2050年までの食糧生産の増加率(FAO)図9 2050年までの食糧生産の増加率(FAO)
池田氏の質問9:地球温暖化で農産物の生産は減るんですか?
 増えます。国連農業機関(FAO)のシナリオによると、2050年の世界の食糧生産は、何もしないと今より25%増えますが、畜産から温室効果ガスの15%が出ているので、それを削減すると増加率が12%に下がります。
 CO₂は植物の生長に不可欠で、温暖化すると収穫は増えますが、温暖化を避けるために「サステイナブルな農業」に転換すると食糧生産は減ります。つまり食糧生産は温暖化で減るのではなく、温暖化対策で減るのです。

 池田氏の質問9に対する回答

 理解が間違っている。以下では、まずCO₂が植物の成長に対して与える効果について、その次にFAOのシナリオについて、それぞれ順に述べる。

 温室で管理された条件下で、CO₂濃度を増やすと、ある種の植物の成長を促進されるのは確かだ。しかし、それは温室あるいは実験室の中の話だ。そこでは、地球が温暖化することによって砂漠や乾燥地が増え、農作物に利用できる面積が減少することなどが考慮されていない。

 また、仮にCO₂濃度上昇によってある植物が成長した場合、その植物は成長を維持するためと、より多くの水を必要とするようになる。現在の農業では、温暖化によって多くの場所で雨水が不足しており、地球上のいたるところで、農業に必要な帯水層が気温上昇によって枯渇しつつある。

 一方、気候変動研究によって予測されるように、世界の多くの地域で降雨量が増え、より激しい暴風雨などが発生している。これは農業にとって良いことだと思われるかもしれないが、実際は違う。雨が短時間にまとまって降ると、地中にしみ込む時間がないまま、すぐに小川、川、そして海へと流れ込み、大量の土や肥料を運び去ってしまう。

 さらに、高すぎるCO₂濃度は、ある種の植物の光合成を低下させることがわかっている。実際に、過去にCO₂の急激な増加により、大きな被害を受けたという証拠がある。また、CO₂濃度の上昇は、小麦など一部の主食の栄養価を低下させることもわかっている。

 すなわち、CO₂が植物の成長の与える影響は複雑であり、地域環境や植物の種類にも大きく依存する。すなわち、単純なプラスではないというのが研究者のコンセンサスとなっている。

 次にFAOのシナリオに関してだが、シナリオの読み方あるいは解釈が間違っている。まず、グラフだが、温暖化の影響と技術の二つによって、それぞれのシナリオにおける食物の収量の変化を示したものだ。すなわち、温暖化の影響であり、温暖化対策の影響ではない。

 また、それぞれのシナリオで収量が違うのは、さまざまな前提が異なるからだ。すなわち、生産量が大きいから良いシナリオということではない。

 例えば、緑色のバーで示されている「サステナブルな農業」シナリオは、先進国での食物の過剰消費や大量廃棄が減少することによって需要全体も減少するという想定であり、供給量(生産量)もそれに合わせて減少する。温暖化対策によって減少しているわけではない。しかし、それでも生産国である途上国などでの農業収入は、適正な価格や公正な分配によって上昇するというシナリオだ。

 すなわち、池田氏はFAOの報告書の内容を完全に誤読している。

<参考文献>

Peterson T., Connolley W., and Fleck J.(2008)THE MYTH OF THE 1970s GLOBAL COOLING SCIENTIFIC CONSENSUS, Bulletin of the American Meteorological Society Volume 89: Issue 9 Page(s): 1325–1338, 01 Sep 2008.
https://doi.org/10.1175/2008BAMS2370.1
https://journals.ametsoc.org/view/journals/bams/89/9/2008bams2370_1.xml
Smith, S. J., Andres, R., Conception, E., & Lurz, J. (2004). Historical sulfur dioxide emissions 1850-2000: Methods and results (No. PNNL-14537). Pacific Northwest National Lab.(PNNL), Richland, WA (United States).
DOI: https://doi.org/10.2172/15020102
World Meterological Organization(2021)State of Climate in 2021: Extreme events and major impacts, 31 October 2021
https://public.wmo.int/en/media/press-release/state-of-climate-2021-extreme-events-and-major-impacts