存続の危機にある「雪と氷の芸術品」 再生には長い年月が必要だ
2023年02月11日
山形県と宮城県にまたがる蔵王山系。冬にはスキーやスノーボード、そして樹氷観光が人気で、多くの観光客が詰めかける。
凍てつく冬に、着氷や着雪が起こりやすい木々の存在と絶妙な気象条件とがそろわなければ、この美しい「雪と氷の芸術品」は生まれない。蔵王はそうした自然の中へロープウェイで手軽に行くことができ、たくさんの人たちが迫力ある樹氷を楽しめる場所として愛されてきた。
ところが今、蔵王で樹氷形成の鍵を握るオオシラビソが大量に枯れていて、樹氷観光の将来が危機的な状況を迎えている。林野庁東北森林管理局の山形森林管理署で、この問題を担当する五十嵐伸哉・地域林政調査官の説明では、主な原因と考えられるのが虫害だ。
蔵王山系で樹氷が多く形成される地蔵岳(標高1736m)で、2013年からオオシラビソの葉を食べる蛾の仲間のトウヒツヅリヒメハマキが大発生した。そして2016年からはオオシラビソの幹に侵入して形成層を加害するトドマツノキクイムシが大量に発生した。こうした虫害の連鎖によって、樹氷原を形成していたたくさんのオオシラビソが次々と枯れてしまった。「葉が広範囲に食べられて茶色くなってしまい、樹勢が弱ってきたところで新たな食害を受けて次々と枯れてしまったようだ」と五十嵐さんは説明する。
この虫害については、発生当初から森林総合研究所東北支所の磯野昌弘・研究専門員らによる調査が続いている。磯野さんによると、トウヒツヅリヒメハマキは成虫が夏に出てきて卵を産む。それから幼虫が孵化して、雪が降る直前まで葉を食べ続けることから、秋深くになって被害が顕在化する。実際には2013年より前から蔵王に蛾が多いという内容が、自然ガイドのブログなどに書き込まれていたそうだ。だから大発生の前から増加の兆しはあったらしい。
トウヒツヅリヒメハマキは、戦後に国内に蔓延したアメリカシロヒトリのような外来種ではなく在来の昆虫で、亜高山帯に普通にいるそうだ。時に大発生して針葉樹に被害をもたらすことが知られ、国内では1960年ごろに長野県、1969年に奈良県、2001年に山梨県で報告されていて、2013年の蔵王が4度目の大発生となる。
磯野さんは「トウヒツヅリヒメハマキの食害で茶色くなった葉は、翌年には落ちて枝だけが残り、ほとんど芽吹かなかった。激害地の木のほとんどはトウヒツヅリヒメハマキの影響だけで枯れたとみている」と話す。2014年の夏に激害地で成虫の発生数を調べたところ、1㎡当たり約600匹もの発生がみられた。だが、翌年にはその10分の1に、翌々年にはほぼゼロとなり、3年で発生は収束した。過去の発生事例でも収束に3年程度を要したとされ、この点では今回の大発生も似た経過をたどったようだ。
このキクイムシも在来種だが、1年に2回発生して台風や大雪、虫害などで樹勢の弱った木が増えると、それらが絶好のえさとなり、あっという間に数を増やして大きな被害をもたらす。加害を始めると仲間を呼び寄せる性質を持っており、多数の個体の集中攻撃を受けた木は抵抗しきれずに枯れてしまう。
2種の昆虫による食害のダブルパンチで、蔵王の高標高地にあるオオシラビソは大きな被害を受けた。なぜこれらの昆虫が大発生したのだろうか。
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