スパイ目的かどうかの議論の前に、基本知識を知って欲しい
2023年02月13日
気球が中国の主張するように気象観測目的だったのか、それとも米国の主張するように軍事目的(なかでもスパイ目的)だったかどうかは現時点(本稿執筆の2023年2月11日)では分からない。しかし、関連報道を見ると軍事・緊張視点の論評ばかりで、空気の薄い成層圏仕様の特別な気球「成層圏気球」に関する基本情報が完全に抜けている。それどころか成層圏に関する誤った知識に基づく見当はずれの論すら多い。
そんな誤知識で「悪意に違いない」という先入見が増幅して対立が深まっている現状は、成層圏気球による研究の重要さを知る者として見過ごせない。そこで、本稿では成層圏気球について簡単に紹介したい。一言でいうと、中国から米国本土に届くような成層圏気球は「操縦」できない上に軍事衛星で簡単に見つかる、ということだ。
対流圏界面の高さは緯度によって異なり、上昇気流の強い赤道で高く(約16km)で、極域では低い(約10km)。今回の気球が飛んだ中高緯度のジェット気流帯では10-12kmだ。だからジェット気流が時速250km(毎秒70メートル)の高速であっても、気球の高度では時速30-50km程度となって、1日当たりの飛行距離は700-1200km程度にしかならない。
現に米国を横断した速度もそのくらいだった。これは他の成層圏気球も同じで、南極や北極を周回する観測気球は2-3週間かけて約2万kmを飛行する。この段階で報道に誤解を招く表現が出ている。例えば英国BBCの記事では気球が時速240km以上の速度で飛んでいるかのように記述している。完全な間違いだ。
成層圏は浮力が圧倒的に少なく、どんな気球であれ巨大になる。浮力に関してはJAXAの宇宙科学研究所のサイトに分かりやすい説明があるが、今回の気球が目撃された高度19-20kmでは地上の6%程度しかない。
地上では1立方メートルのヘリウムで1kgの浮力を得られるが、同じ浮力を得るのに高度19-20kmでは15立方メートル以上のヘリウムが必要となる。しかも現実には浮力の半分ほどが気球自体(構造や膜)に使われるから、1kgの浮力を得るには30立方メートル以上(直径4m)の気球が必要だろう。これに気球につるす機器類(ペイロード)が加わるのだ。だから成層圏気球の直径は普通10mを下らない。
米国防総省の発表によると、全体で高さ60m、ペイロードが50人乗りジェット機の大きさだそうで1トンを超えそうだから、気球本体の直径は30〜35m程度だろうか。これは昼間だと宇宙空間から軍事衛星で簡単に発見できる大きさだ。
逆に言えば、米国はおろか日本すらも気球の存在を打ち上げ直後から検知可能だったはずだ。たといリアルタイムで見逃しても、気球の発見後に、それ以前にさかのぼって気球を把握するのは簡単だ。だからこそ、気球が(ロシア発ではなく)中国発だと断言出来たのだろう。中国だって、そこまでは織り込み済みのはずだ。
報道では米国以外に南米コロンビアでも類似の気球が見つかって、時速45kmほどで移動しているそうだが、これが中国発と分かったのも、軍事衛星で軌跡を確認したからではあるまいか。こちらのほうは船から打ち上げた可能性もあるが、その場合、捕鯨船以上の大きな甲板が必要だから、軍事衛星なら雲を挟んでも簡単に船を同定できよう。
空気の薄い成層圏に気球を浮かべるには、気球本体の膜や構造をできるだけ軽くしなければならない。それはちょっとの膨張で膜に圧力がかかると簡単に破裂することを意味している。
しかし、
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