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成層圏気球 どこまでコントロールできるのか?

スパイ目的かどうかの議論の前に、基本知識を知って欲しい

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

拡大米国上空の中国気球
CC_BY Chase Doak
 米国の上空を横断した中国の気球を巡って、米中の対応が加熱し、ブリンケン米国務長官の訪中が直前になって延期される事態となった。どんな理由であれ、領空に気球が入る可能性があるなら、事前の了承を取るのが礼儀だし、少なくとも前もって通告すべきだろう。だが、大西洋に抜けた直後の撃墜など、10年前では有り得なかった米国の反応も気になる。

 気球が中国の主張するように気象観測目的だったのか、それとも米国の主張するように軍事目的(なかでもスパイ目的)だったかどうかは現時点(本稿執筆の2023年2月11日)では分からない。しかし、関連報道を見ると軍事・緊張視点の論評ばかりで、空気の薄い成層圏仕様の特別な気球「成層圏気球」に関する基本情報が完全に抜けている。それどころか成層圏に関する誤った知識に基づく見当はずれの論すら多い。

 そんな誤知識で「悪意に違いない」という先入見が増幅して対立が深まっている現状は、成層圏気球による研究の重要さを知る者として見過ごせない。そこで、本稿では成層圏気球について簡単に紹介したい。一言でいうと、中国から米国本土に届くような成層圏気球は「操縦」できない上に軍事衛星で簡単に見つかる、ということだ。

成層圏 上昇気流起こらず、風は弱い

 成層圏は、その名のとおり、上昇気流が起こらない層だ。オゾン層での太陽光の吸収(加熱)で、上空ほど温度が高くなる逆転層(放射冷却の強い朝と同じ)になっているからだ(図)。上昇気流が水平方向の風の原動力だから、そちらも弱い。ほとんど唯一の原動力は、成層圏の下の対流圏が作る強い風で、それに引きずられる形で、対流圏との境界(対流圏界面)のすぐ上は強風が吹くが、風は高度とともに弱くなる。

 対流圏界面の高さは緯度によって異なり、上昇気流の強い赤道で高く(約16km)で、極域では低い(約10km)。今回の気球が飛んだ中高緯度のジェット気流帯では10-12kmだ。だからジェット気流が時速250km(毎秒70メートル)の高速であっても、気球の高度では時速30-50km程度となって、1日当たりの飛行距離は700-1200km程度にしかならない。

 現に米国を横断した速度もそのくらいだった。これは他の成層圏気球も同じで、南極や北極を周回する観測気球は2-3週間かけて約2万kmを飛行する。この段階で報道に誤解を招く表現が出ている。例えば英国BBCの記事では気球が時速240km以上の速度で飛んでいるかのように記述している。完全な間違いだ。


筆者

山内正敏

山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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