ボトムアップ方式の歴史を無視し、「透明化」を迫る不透明な改革案
2023年03月20日
日本学術会議の独立性が危機に直面している。政府が学術会議の会員選考に第三者の委員会を関与させ、問題意識などを政府と共有するよう求めているからだ。92歳の素粒子物理学者であり、自身も学術会議の活動にかかわってきた小沼通二さんは、この状況を憂えるメッセージを私たちに寄せてくれた。
「論座」がこの春で終わることになって、あわてたことがあった。私には、やり残した仕事がある。2021年5~6月に当欄で公開した「学術会議史話――小沼通二さんに聞く」が第3回で止まっているからだ。
小沼さんは現在92歳の慶応義塾大学名誉教授で、素粒子論が専門の物理学者。自身が日本学術会議の会員だったことはないが、その活動に長年深くかかわり、ここ数年は学術会議をテーマに「日本の学術体制史」を研究してきた。そんなこともあって、小沼さんとは「史話」を4回、5回……と続けましょうという話になっていたのだが、ご本人が多忙で中断していた。「論座」が店じまいとなれば4回目以降は無理だろう。とはいえ、中途半端にはしておきたくない。
学術会議をその草創期から見つめ続け、自らも関与してきた小沼さんには、きっと言いたいことがたくさんあるに違いない。今からインタビューを再開して記事をまとめる余裕はないので、ご自身に思いの丈を書いていただこう。打診してみると、ご本人からほどなくA4判2枚のメッセージが届いた。本稿では、これを全文載せる――。
小沼通二(こぬま・みちじ)氏略歴
1931年東京生まれ。東京大学大学院、理学博士。東大、京大、慶応義塾大、武蔵工大に勤務。主な研究分野は素粒子論、科学と社会。日本学術会議原子核特別委員会委員長、パグウォッシュ会議評議員、世界平和アピール七人委員会委員・事務局長など歴任。著書に『湯川秀樹の戦争と平和』(岩波ブックレット)、『日本学術会議の使命』(共著、岩波ブックレット)など。
日本学術会議法改定をめざす政府は再考を
小沼通二(慶応義塾大学名誉教授)
日本学術会議の改革をめざす政府の狙いがかなり見えてきた。日本学術会議法改定案を今国会に提出し、現在の第25期の任期を2024年3月末まで半年間延長する、次の会員選考は新しい方式で実施し、第26期から新方式での活動をめざす――と考えているらしいが、現時点で法案は提出されていない。
学術会議は2月16日夜9時から10時すぎまで臨時幹事会を開催した。ここで日本学術会議法改定の作業を進めている内閣府の笹川武・大臣官房総合政策推進室長が、「日本学術会議法の見直しについての検討状況(未定稿)」(以下では「検討状況」と略)を説明、そのあと質疑が続いた。これは昨年12月上旬と下旬の学術会議総会に続く3回目の説明だった。
この中で室長は、学術会議改革問題の担当となった後藤茂之大臣の昨年12月以来の発言を資料配布して引用した。記者会見や衆議院内閣委員会で述べた内容だ。大臣は「独立性に変更を加えるという考えは一切ない」「学術会議の取り組みを後押しするため、必要な枠組みを整備していきたい」(2月10日、衆議院内閣委員会)と言いながら、繰り返し「透明性」が問題だと述べ、特に会員の「選考・推薦プロセスの透明化・厳格化」が必要だと強調している(昨年12月22日、記者会見)。
岸田文雄首相も2月22日の衆議院予算委員会で、「改革の必要性や方向性は共有されており、学術会議と意思疎通を図りながら、引き続き議論を続けていきたい」と述べているが、その一方で「国費で賄われる国の機関として独立して職務を行うことから、国民から理解され、信頼される存在であり続けるために透明性の高い活動や運営が必要だ」と「透明性」に言及している(2月22日、産経新聞電子版)。
笹川室長による「検討状況」の説明に対しては、質疑のあと梶田隆章学術会議会長がまとめとして「懸念は解消するどころか深まった」「日本の学術の転換点ともなりうる大きな問題であり、学術会議当事者としっかり議論しないまま進めることはあり得ない」と危機感を表明した。これを受けて、2月22日の学術会議幹事会は、この「検討状況」の説明に対する「懸念事項」を発表している。
その内容は、学術会議のこれまでの活動を根本から断ち切って、外部からコントロールする組織に変えようをする政府の狙いへの具体的批判だ。私は全く同意見である。「検討状況」も「懸念事項」も、全文を学術会議のホームページで容易に読むことができるので、ぜひ直接お読みいただきたい。
日本学術会議法の見直しについての検討状況
幹事会における内閣府からの「検討状況」説明についての懸念事項
ここで「懸念事項」を補強しておこう。「検討状況」で最初に述べているのが「活動や運営の徹底した透明化・ガバナンス機能の抜本強化」だ。しかし実際には学術会議内の議論の多くは、手続きを踏めば傍聴できる。総会の速記録や、委員会などの議事要旨も公開されている。
74年前の第1回総会以来、毎回の総会速記録・配布資料や、毎月開催された運営審議会(幹事会の前身)の記録が学術会議図書館に残されている。さらに創立の年から毎月「日本学術会議月報」が発行され、一時期名称を変えながら、1996年に『学術の動向』誌に引き継がれて今に至る。これらを岸田首相も後藤大臣もぜひ直接閲覧していただきたい、そして政府自身の活動・運営の透明性と比較して結果を公表していただきたい。
「検討状況」が述べる「ガバナンス機能の抜本強化」は、大学の執行機関の権限強化などの政策に通じると感じるが、分野ごとに特色の異なる学術会議にはまったくなじまない。
また「検討状況」は、会員などの選考では「行政・産業界等との連携による活動の業績…(中略)…その他の多様な業績を考慮する」としている。これは、日本学術会議を「わが国の科学者の内外に対する代表機関」と定めた学術会議法第2条や、「独立して」「職務を行う」とした同第3条に矛盾する。
しかも政府の構想では、学術会議は会長が任命する選考諮問委員会を作る一方、この委員会の意見を尊重しなければならないとする。会長による任命ならば学術会議の内部組織のように見えるが、政府は「一定の手続きを経て」の任命だといい、手続きの内容については固く口を閉ざしている。意見尊重が義務ならば、明らかに学術会議の上に君臨することになる。それでいて、後藤大臣は「政府が委員選任に関与するつもりはない」とも言う(3月3日、東京新聞電子版)。意味不明、不透明なことが多すぎるではないか。
現在の会員・連携会員の選考は、日本学術会議法、日本学術会議会則、会員・連携会員の選考の諸規定に沿った方法で、「選考委員会」が、日本学術会議法の定める使命・目的・職務にもっともふさわしいと考える候補者のリストを長期間かけて作成している。これも政府の数多くの審議会委員や総合科学技術・イノベーション会議の有識者議員の選考などと比べていただきたい。その比較が公表されれば、学術会議の選考がどれほど「透明」で「厳格」かがわかるだろう。
「検討状況」は未定稿とはいえ、学術会議を全く別物に変えてしまう内容になっている。政府が改定の具体的な内容をまだ示せない以上、法案を今国会に提出するのは無理だ。首相が学術会議と「意思疎通」を図ると言い、後藤大臣が学術会議を「後押し」すると明言したのだから、法案の提出をやめるべきではないか。政府は、今回の「懸念事項」に対しても、まだ何も答えていないのだ。(2023年3月10日)
小沼通二さんのメッセージは以上の通りである。論旨が明解なので補足すべきことはないが、いくつかの背景説明を書き添えておこう。
この文章を一読して気づくのは、
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