メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

不思議な化学物質がもたらした陸上植物の進化

二つの機能を持つストリゴラクトンはどのように植物を変えたのか?

米山正寛 ナチュラリスト

春を迎えて、東北でも木々の葉が輝き始めた。この木はミヤマガマズミ=山形県東根市、筆者撮影
 多くの植物が芽吹く春。気温や日照時間の変化などから季節の変化を感じ取りながら、植物は体内の細胞の成長を制御してその体を形づくる。同時に他の生き物ともコミュニケーションを図り、生育に適した条件を整える。そうした働きをつかさどる物質の一つがストリゴラクトン(SL)だ。本稿では、植物が水中から陸上へと進出する際などに大きな役割を果たしたと考えられているこの不思議な物質について、最近の研究の様子を紹介しておきたい。

寄生植物の眠りを覚ます物質

ストライガによる農業被害などを紹介した2008年5月19日付朝日新聞記事
 私が初めてSLという名前を知ったのは、他の植物の根に寄生して栄養を吸い取る寄生植物であるストライガ(ハマウツボ科)の種子が、宿主となる植物の放つSLを感知して眠りから覚めて発芽し、寄生生活を始めるという話を聞いた時だった。

 ストライガはトウモロコシやソルガムといった農作物の根から栄養を奪い、時にその収穫を皆無にする。紫色の美しい花を咲かせるのだが、その英語名は「魔女の雑草(witchweed)」。アフリカなどでは農家に恐れられていて、2010年には科学誌サイエンスによって、ムギさび病菌やイネいもち病菌などとともに、世界の食料安全保障に対する生物学的な七大脅威の一つと位置付けられたことさえある。

 日本ではあまり知られていないストライガだが、その農業被害について調べだすと、研究や対策に日本も貢献していることがわかってきた。そこで神戸大学や宇都宮大学などで国内の関係者を取材して、2008年5月に朝日新聞紙上に記事を掲載した。

AM菌と共生するための情報伝達物質

 取材を始めてすぐ疑問を覚えたのは、なぜトウモロコシなどが根寄生植物を呼び寄せるSLを、自ら土壌中に放出しているのかということだった。実はその答えはすでに突き止められており、その記事でも紹介した。

 植物は多くの場合、土壌中で菌根菌と総称されるカビやキノコの仲間と共生している。菌根菌の中でもアーバスキュラー菌根菌(AM菌)は陸上植物の約8割と共生し、植物で特に不足しがちなリンの吸収を助けてくれる。その見返りとして植物は、光合成産物の糖類や脂質をAM菌に与えている。この共生関係がどのように成り立つのかは長く謎だったが、2005年に大阪府立大学(現、大阪公立大学)の秋山康紀准教授(現、教授)らが、植物は土壌中で働く情報伝達物質(根圏シグナル)としてSLを放出することで、AM菌の菌糸の伸長を促していることを報告していた。

 つまりストライガやこれに近縁な根寄生植物は、植物がAM菌と共生する目的で出しているSLを悪用し、自らが寄生の対象とする植物の存在をいち早く察知するために利用していたわけだ。

枝分かれを抑える植物ホルモン

 こうして覚えたSLという名前を、別の取材で聞く機会がまもなく巡ってきた。2008年8月、理化学研究所の山口信次郎チームリーダー(現、京都大学化学研究所教授)らのグループが、植物の枝分かれを抑えている植物ホルモンとしてSLを報告したことを取材したからだ。

ストリゴラクトンが植物ホルモンとしての機能を持つことを伝えた2008年8月11日付朝日新聞記事
ストリゴラクトンを感じる野生型イネの苗(左)はまだ枝分かれ<分げつ>がないが、感じなくなった変異体では枝分かれができている=経塚淳子東北大教授提供

 植物ホルモンとは、植物の体内において微量で成長をコントロールする物質を指す。枝分かれの多い少ないは、農作物の収量や品質に深く関わるため、農業的な関心も高い性質だ。研究競争は激しかったと見えて、この時も論文がフランスのグループと同時に科学誌ネイチャーへ掲載されるという結果になった。

・・・ログインして読む
(残り:約2761文字/本文:約4158文字)