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東京を救ったのは菅首相の判断ではないか【第2弾】

写真・図版:東京を救ったのは菅首相の判断ではないか【第2弾】 記者団に東京電力と合同で原発に関する対策本部を設けることを発表する菅直人首相=2011年3月15日午前5時27分、首相官邸

 福島原発事故の直後に、首相官邸や保安院、東京電力はどう動いたか。関係者が「最も恐怖を感じた日」という昨年3月15日は、菅首相が東京電力本社に乗り込んで「撤退は許さないぞ」と叫んだ日として知られている。その場面の映像が残っていることが分かったが、音声が消えているなど、不可思議なことも多い。この「撤退問題」には、「明らかに危険な高放射線環境下では、だれが仕事をするのか」という原子力の本質的な問題が潜んでいる。

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