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「デフレ下のマクロ経済スライド」は曲者だ~最低保障との矛盾~

松浦新

松浦新 朝日新聞経済部記者

 この案を見て、「貧乏人は麦を食え」と言い放った総理大臣がいたことを思い出した。「デフレ下のマクロ経済スライド」のことだ。なぜなら、物価が下がった時には、下がった以上に年金を下げることを当然のように宣言しているためだ。これは、低年金者を含めて一律に適用される。難しそうな言葉に関心を持たずにいると、後期高齢者医療制度の二の舞になるおそれがある。

 「デフレ」は物価が下がることだが、「マクロ経済スライド」は聞き慣れない言葉だと思う人も多いだろう。04年の年金改革の時に登場した仕組みだが、これまで発動されたことがないので、知らなくても仕方がない。

 ここは噛み砕いて説明しよう。

 公的年金は、老後の生活を安定的に送るためにある。

 そのために、賃金や物価の上昇を年金額に反映させる仕組みがある。

「マクロ経済スライド」は、それを一部、制限する制度として登場した。

 04年までの年金額は、年金を受け取り始める時の年金額は、保険料を払った時点からの賃金の上がり下がりを反映して決まった。これを「賃金スライド」という。もともとは、賃金が上がっているのに、昔の給料をもとにして年金額を決めたらいままでの生活とのギャップが大きくなりすぎるので、新たに年金をもらい始める時の年金額にはそれまでの賃金上昇を反映させましょうという制度だ。これに、少子化で支え手が少なくなっていることなどを反映して、上昇分の全部は反映させなくてもよいでしょう、ちょっと我慢してくださいというのが、マクロ経済スライドの機能(1)だ。

 年金受給者になってからは、物価が上がるとこれまで買えたものが買えなくなる。そこで、物価上昇分は年金額を上げましょうというのが、「物価スライド」だ。最近は、物価が下がることもあるので、その分は下げることも定着してきた。このうち、物価が上がった時に、やはり上昇に制限をかけるのがマクロ経済スライドの機能(2)だ。

 この「ちょっと我慢」だが、具体的な数字としては、0.9%幅が目安になっている。例えば賃金が2%上がった時に、年金額は1.1%しか上げない。物価が1%上がった時には0.1%しか上げない。ただし、賃金や物価が上がっている時にしか発動されず、年金額を下げることはしない。これは、04年改革の時に「年金額は下げない」と、当時の小泉純一郎首相と坂口力厚労相が国会で明言している。「100年安心」の大切な柱だ。

 さて、この間、賃金(ボーナスを含む可処分所得)は一度も上がらず、下がる一方だった。物価もほとんど上がることがなかったので、マクロ経済スライドは発動されずにきた。マクロ経済スライドは年金財政をよくするための仕組みなので、これが発動されないということは財政が悪化している。7年も発動されていないので、その影響は非常に大きい。

 そこで出てきたのが「デフレ下でのマクロ経済スライド」というさらに難解な言葉だ。デフレの時でもマクロ経済スライドを発動するということだが、具体的には物価が0.5%下がった時には年金額を1.4%下げることになる。さらに、物価が0.5%上がった時にも0.4%下げることになるので、物価と年金が逆の動きをすることもありえる。その時に年金受給者は「デフレ下のマクロ経済スライド」と言われて納得するだろうか。私は、受給者にとって、制度が始まる時になって大混乱に陥った後期高齢者医療制度よりもインパクトが強い話だと思う。

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