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【WEBRONZA甲子園】 甲子園「勝率1位」愛媛が迎える60年越しの危機

一色清

 私は愛媛県松山市で生まれ育った。大学進学で上京し、それ以降住んでいないが、愛媛を愛する気持ちはとても強い。東京で愛媛自慢をすることもよくある。「ミカンの生産が日本一だぞ」「養殖真珠の生産も日本一だ」「松山城は日本百名城の一つ」「道後温泉は日本三古湯の一つ」などが自慢話だが、多くの友人は「それで?」といった反応だ。

 そこでとっておきの愛媛自慢を投入する。

「夏の甲子園の都道府県別勝率ナンバーワンの県だぞ」

 これには、大抵の友人がまず「ウソだろ」という反応を示した後、本当だという自信たっぷりの私の答えに、「それはすごい」と頭を垂れる。

 ただ、今、私の愛媛愛の大黒柱が揺らいでいる。みかんが日本一を滑り落ち、真珠も日本一でなくなったという話を聞くが、そんなことは大したことない。「夏の甲子園の都道府県別勝率ナンバーワン」が揺らいでいるのが、気になって気になって仕方がない。ふるさとを喪失する感覚を味わう恐怖とでも言おうか。

今大会の愛媛代表・今治西はどこまで勝てるか? 初戦は強豪・桐光学園(神奈川)だが…=母校での壮行会で

 まず、どれくらい揺らいでいるかを見てみよう。現在の愛媛県の93回の大会を通じての勝敗は114勝60敗1分で勝率は.655。2位は大阪府で148勝83敗で勝率は.641。差はそんなに大きくない。3位は113勝66敗の神奈川県で、勝率は.631。私の直感的な心配は、今大会で愛媛は一位の座から滑り落ちるのではないか、ということだった。

 大阪の代表校は、春夏連覇を目指す優勝候補筆頭の大阪桐蔭だ。神奈川は、横浜、桐蔭学園に完勝した桐光学園で、大会のダークホースと見る。対する愛媛は、今年もノーシードから勝ち上がった今治西。昨年の大会でもノーシードから勝ち上がったものの甲子園では1回戦で負けてしまった。

 計算をしてみた。夏の甲子園で1回戦から登場して決勝まで進むと6試合する。つまり6勝0敗が、もっとも勝率を上げる戦績になる。大阪桐蔭は抽選の結果、2回戦からの登場で、優勝すると、大阪は153勝83敗、勝率は.648となる。桐光学園は1回戦から登場して、優勝すると119勝66敗となり、勝率は.643となる。

 これに対して、今治西が初戦で負ければ、どうなるのか。震える手で電卓をたたいた。114勝61敗、電卓が示した数字は.65142857142。ぎりぎり上回る。今大会で、愛媛が一位から滑り落ちることはないことが分かり、ホッと胸をなで下ろしたものの、こんな結果だと、大阪との差は1厘余。来年、再来年で抜かれる可能性はかなり高い。

 そもそも、愛媛はどうしてこんなに勝率が高いのか。私の友人は「戦前にたっぷり勝ったからだろう」と言うが、実はそんなことはない。もちろん、戦前には松山商が一度優勝しているし、準決勝や決勝にも何度も勝ち進んでいる。でも、この頃は、3連覇した中京商のいた愛知県や和歌山中や海草中のいた和歌山県などがもっと目立っていた。

 では、いつから愛媛が勝率一位になったのか、調べてみた。もちろん、全ての記録が残っているのだから、根気よくデータを計算していけばいいのだが、私も忙しい身。少なくとも私が小学生の頃に見た週刊朝日甲子園特集号では、すでに愛媛が一位になっていた記憶がある。公式の文書に残っている最も古い勝率表を探すと、高野連と朝日新聞社発行の第40回の記録集にあった。愛媛は33勝14敗、.702で一位、二位は広島で39勝17敗 .698、三位は岐阜で24勝11敗 .686となっている。

 ここからは、39回、38回とさかのぼりながら、甲子園の勝ち負けを自分で拾っていった。すると、第35回大会(1953年)に松山商が空谷投手を擁して、同じ四国の土佐高校を破って3回目の優勝をしたことで、愛媛が勝率トップに躍り出ていた。その大会が始まる前の愛媛の勝率は.666で、広島の.693、岐阜の.692を下回っていた。1953年の大会でトップに躍り出て以降、今大会後まで59年間全国一位を維持し続けていることになる。「どうですか、すごいでしょ」と世間に言いたくなる。

 「四国の大県」などと威張ってみても、全国から見ると、人口も面積も真ん中より下に来る県なのに、どうしてこんなに夏の甲子園で強いのか。基本的には、正岡子規以来の野球熱の高さがあると思う。とりわけ、勝率一位の基盤を作ったのは、隣県香川とのライバル意識で、甲子園に出るためには勝ち抜かねばならなかった北四国大会の存在だ。北四国大会は1978年からの一県一校制でなくなったが、そこまでの愛媛、香川の切磋琢磨で「野球王国」の基盤ができた。

 野球少年だった私が忘れられない北四国大会での試合がある。

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