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[10]東京新聞論説副主幹・長谷川幸洋との対話(下)

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

「いまの経済ジャーナリストはあまりに不勉強、素養として基礎的な経済の理解が足りない」と語る長谷川幸洋氏

 ――ところで、いろいろと問題山積のいまの日本のジャーナリズムを変えるには、どうしたらいいと思いますか。

 

 長谷川 年俸制の記者を5人か10人雇って、「キミたち何をやってもいいよ」と。「翌年の契約更改はパフォーマンス次第ですよ」とやったら、おもしろいと思います。

 

 でも、現実には部長とかデスクが「そういう記者には紙面をやらない」とか意地悪するんでしょうね。

 

 ――いまの私たち記者たちが取材の手法を変えていかないと、どうしようもないのではないでしょうか? みんなポチやタマになりたがる。

 

 長谷川 取材手法の問題もあるけど、はっきり言って、いまの経済ジャーナリストはあまりに不勉強、素養として基礎的な経済の理解が足りないと思います。経済政策のベースには世界標準の考え方がある。それがなかったら、IMF(国際通貨基金)とかOECD(経済協力開発機構)で議論が成立しないでしょう。それを理解して記事を書くには当然、基礎学力が必要になる。

 

 たとえば「金融緩和で中長期の経済成長は実現しない」だなんて言ったって、そもそも金融緩和が成長を導くわけではないんだから、そんな議論は最初から頓珍漢です。そんなのは世界の常識なんだけど、そういう基礎的な共通理解が記者の側にない。

 

 勉強するかしないか、記者個人に任せられている問題もある。学者になるつもりだったけど、ちょっとジャーナリズムも面白そうという人を契約で採用するとか。朝日さんがやったけど、小林慶一郎さん(現慶応大学教授)みたいな人を客員論説委員に呼んだり。ああいうのは刺激になるからいいよね。5、6人は年俸制でスカウトしてみたらいい。

 

 ――いまの記者教育はサツ回りから始まって、「とにかく取材先と仲良くなれ」というところから始まって。社会部と政治部が顕著ですが、あとは体力勝負で、まったく考えないし、取材範囲が極端に狭い。

 

 長谷川 ウチの会社もそうですけど、支局時代に言われるのは「取材先から信頼される記者になれ」と。これはまったく間違いですね。本当は「読者に信頼される記者になれ」ですよ。取材先に信頼されてどうするの? ポチになるだけじゃないの。

 

 ――朝日には特に多いのですが(私もそうですが)、学生時代はまったく不勉強で、それでも学生時代に読んだ本多勝一さんとかにあこがれて格好いいなと思って新聞社に入ってきて、あとは体力勝負。基礎的な学力はまったくない。一回新聞社に入ってから経済学なりを基礎的なところから習得するような仕組みがあったらいいのではないかと思います。

 

 長谷川 それは、あったらいいけど、ないものねだりですよ(笑)。

 

 じゃあ「どうすればいいか」というと、私は自分自身がそうでしたけど、飛ばされた時がチャンスなんだよ。会社で冷や飯をくっているときが、実は時間があるから、勉強するチャンスなんだ。

 

 ――えっ! 長谷川さん、飛ばされたのですか?

 

 長谷川 そうだよ。私は東京経済部からブリュッセル特派員に転勤したんだけど、ブリュッセルから戻ってきた先が名古屋経済部のデスクだったんです。名古屋のデスクはウチの会社でいいポストですけど、私にはどうも息苦しくて体調を崩しちゃった。それでロイターかブルームバーグにでも転職しようかな、と思ったんです。英語で記事書くのもいいかな、とか思ったりして。

 

 それで結局、部長とぶつかって、東京に飛ばされて戻ってきた(笑)。日曜版の「大図解」というのをつくっているチームのデスクです。44歳の時から2年間。

 

 それでヒマだった。もうヒマで、ヒマで。私自身は1カ月に1回しか紙面をつくらないから、ヒマなんだ。それで「よし、この機会に勉強をしよう」と思って、経済学の教科書を読むことにしたんです。飛ばされていた2年間で八重洲ブックセンターの棚にある必読と思われる経済学の教科書はほとんど全部読みました。

 

 ――そこから、よく論説委員に這い上がってこられましたね。

 

 長谷川 そうだね。くすぶってた私をたまたま、当時の論説主幹が引き上げてくれた。

 でも、社説書いていても、つまんないんだよ、基本的に社説は建前ばかりだから。それで「月刊現代」とか、

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