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賃金上昇がデフレ脱却の核心/政労使が共同する時だ(中)―日本総研 山田久調査部長インタビュー

聞き手:編集長 矢田義一

 ――確かに財政状況などから考えますと、今回がラストチャンスとも思えますが、政労使は共同して動けますか。それをどう実現すればいいのでしょうか。

 日本の政労使を考える時に忘れてはならないのは、いまや日本の経済社会はアイデンティティを見失っているのではないかということです。どういう方向に向かっていったらいいのかが見えない。もちろん、明快なものをどこまで示せるのかという側面はありますが、政労使で一定の方向性とビジョンを見いだす作業を、まさに政労使が共同でやらなければならないでしょう。そして、先進国のここ20年くらいの動きをみていると、その一定の方向性は見えてくると私は考えています。

 日本はとかくアメリカを追いかけがちですが、注目すべきは、ヨーロッパです。ヨーロッパはかつて、市場経済というのを否定する、あるいは、それを社会に従属させるものだという考え方が強かった。一方で、人々の連帯ということを重視して、市場経済に国家が介入していて、制限していました。それが、アメリカのレーガノミクスやイギリスのサャッチャリズムによる経済の再生を見て、彼らはその考え方を変えていったのです。経済というのは市場原理を使わないと、成長分野、産業にヒトやカネといった資源をシフトしていかないとうまくいかないということは、受け入れているのです。

 しかし、その一方で、そこはやはり伝統ある社会ですから、社会の面では連帯ということを同時にとても重視するわけです。たとえば、所得再分配政策を大切にするし、いまでもヨーロッパでは、賃金をかなり公平に決めようとしています。労働組合が賃金の決め方に関与し、同一労働同一賃金に対してルールを決めていっている。そういうところは変えていません。そのなかで、特に社会保障のあり方は変化させています。かつては弱い人を守るという発想一辺倒でしたが、現役世代向けの、あるいは変化への対応を支援するためのものという、ポジティブな内容に社会保障を変えているのです。

 ――社会の仕組みの方も再設計していく必要があるわけですね。

 経済活動の変遷によって、衰退分野はなくなっていかざるを得ない。成長分野を成長させていかざるを得ない。そうすると労働移動が発生する。人々をめぐる環境が変わっていくわけです。そうすると今度は環境に適応する人たちを支える社会保障ということをやり始めます。

 例えば、職業訓練であったり、就職支援であったり。あるいは特に、ヨーロッパもかつては伝統的に女性はあまり働かなかったわけですが、女性がどんどん働くことを支えるような施策を充実させます。つまり、現役世代のための社会保障であったり、環境に適応していくための、それを支援するための社会保障だったりするわけです。もちろん、それが十分にできているかどうかは議論があるでしょうが、そういう動き自体はある。また、アメリカのオバマ政権や、ブレア政権以降のイギリスもそうした考え方と無縁ではありません。欧米ではこうした方向性がかなり明確になっているのです。

 ――日本にとってもそれが参考になると。

 そうです。日本の方向性も自然と決まってくるはずです。それは、経済面では規制改革をやっていくこと。まさに、農業とか、医療とかという分野が言われていますが、こうしたところにはもう少し競争原理を入れていかざるをえない。ただ、そうは言っても、社会面では国民が納得する状態を意識的につくりあげていく。所得分配の公平性が最たるものです。医療などの分野に関してもサービスの公平性などについて、政府が間に入って、きちっと公正を考え、担保していく。そんな方向性ですね。虚心坦懐に世界の流れを見ていけば、こうした方向性というのは見えてきているのだと思います。

 日本の政治というのは、いつまでたっても、伝統社会をつぶすのか、つぶさないのかという、ある意味で近代以前の議論を続けている。経済原理そのものを認めるのか、認めないか、あるいは、規制改革をするのかしないのか、という議論を延々とやっているのです。

 ところが、欧米のスタンダードでは、

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