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[1]「家事ハラ」を直視せぬ女性活用策、これでは女性は輝けない

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

 安倍首相が国連総会で「女性が輝く社会」を連呼して以来、女性が活躍できる社会づくりは自民党の主要政策となった観がある。だが、日本社会には、「女性が輝く」ことを妨げる根深い問題がある。家事労働を無視・軽視・蔑視する「家事労働ハラスメント=家事労働への嫌がらせ」だ。働き方から福祉政策までいたるところに影を落としているこの問題を直視できるかどうかが、女性が真に活躍できる社会への転換のカギだ。

 日本の女性の活躍度の低さを浮かび上がらせたのは、ダボス会議を主催する「世界経済フォーラム」が毎年発表するジェンダー・ギャップ指数(GGI)だった。この順位で、日本は長期低落傾向をたどり続け、2013年には135カ国中105位となった。

 指数の中身は、国会議員の女性比率、企業の女性管理職比率、男女の賃金格差などだ。国や会社の意思決定参加度と経済力が、日本の女性は極端に低いということになる。これらの元凶となっているのが「家事労働ハラスメント(家事ハラ)」だ。

 家事ハラについては、近著「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)を参照していただきたいが、ここではまず賃金格差について考えてみたい。2012年、2013年は、正社員女性の賃金が男性の7割台に乗ったとはやされた。だが、この水準はなお、主要先進国中最大レベルの男女格差だ。年功制が大幅に後退した今の企業では、昇進が昇給と直結する。

 ところが、日本の女性管理職比率は、増加傾向とはいえ、3割4割が当たり前の欧米と比べ1割程度だ。女性の大学での専攻が文科系に偏り、高賃金の理科系の職種につけないことが原因との見方もある。だが、仮に理科系を専攻しても、家事労働を無視した今の働き方を強要されれば女性が働き続けることは難しい。

 学歴や勤続年数の短さが女性の昇進度を左右してきたとも言われてきたが、ここにも疑問符がついている。山口一男シカゴ大教授の研究では、同学歴・同勤続年数の正社員男女を比べると、性別で大きな昇進格差があり、男性の高卒の方が女性の大卒より管理職比率がはるかに高いという結果も出ている。

 人間生活には家事・育児・介護がつきものなのに、会社への全人的貢献を求められる管理職像がなおも横行し、女性自身も、そうした管理職像に合わせようとすれば働き続けることさえ難しくなるとしり込みする。労働政策研究・研修機構の2013年の調査では、課長以上の昇進を望まない理由のトップは、男性が「メリットがない、低い」に比べ、女性は「仕事と家庭との両立が困難になる」と、対照をなしている。ここからも、家事ハラ的管理職像の設定が、女性の登用への意欲を削いでいることがわかる。

 だが、実際の男女の経済力格差は、もっと激しい。日本の女性の非正規比率の高さは総務省の2012年就業構造基本調査で57%と、6割近くに及ぶ。こうした非正規労働は不安定な短期雇用がほとんどで、厚労省の2011年調査では、短期雇用労働者全体の7割、職務が正規と同じ短期雇用者の6割、職務が正規より高度な短期雇用者の4割が年収200万円以下だ。

 女性にこれほど非正規が多いのは、子育てや介護、家事労働を、女性が家庭で一手に担う仕組みになっているため、長時間労働が当然視される正社員職場で働き続けられないことが大きい。男女共通の労働時間規制とともに進められた欧州の雇用平等と異なり、1985年の男女雇用機会均等法は、女性保護撤廃と引き換えに始まったからだ。

 厚労省が2012年に発表した調査では、出産で54%が仕事を辞めている。安定雇用で経済的自立ができる正社員の働き方が、家事、育児、介護を想定した設計になっていないため、家庭を持つと女性は辞めざるを得ず、極安の非正規としての再就職に追い込まれることになる。

 しかも、日本には均等待遇を守る仕組みが整備されていないため、「非正規とは夫がいる女性が片手間で働く働き方」という社会的な思い込みの下、職務にかかわらず最低賃金すれすれの「お小遣い賃金」で働くことを余儀なくされる。非正規に年収200万円以下がざらなのはそのせいだ。

 加えて、夫の扶養がない単身女性までもが、「女性は家事や育児を担当する存在だから採用しても辞める」というレッテルを張られ、非正規しか口がないという状況に置かれがちだ。

 一方、男性にはこうした女性を扶養する役割が振られ、これが職場の長時間労働化をさらに促す。その結果、女性は一段と、正社員として残りにくくなる悪循環が繰り返される。

 家事・育児・介護労働を無視した労働時間のため、家事を担う働き手は短時間労働に追いやられ、そこでも「家事労働を担っているから一人前の働き手ではない」とされて、職務にかかわりなく低賃金が課せられる。「水に落ちた犬はたたけ」の仕打ちである。

 グローバル化で産業構造の転換が進み、「男性の仕事」といわれた製造業が外へ出て行く今、男性の一人働きでは家計は持たなくなっている。特に、学校を卒業した後の若い男性の4人1人以上が非正規労働であるいま、女性の稼ぎは極めて重要だ。だからこそ、オランダの均等待遇パートのように家事を担う働き手が極端に不利になる仕組みを改め、男女で働き、家事・育児も担える新しい安定へ向けた設計が必要になってくる。

 安倍政権はこうした事態にどう対応しているだろうか。当初、打ち出した女性政策は、晩婚化で女性の出生力が落ちることを周知させるための「生命(いのち)と女性の手帳(女性手帳)」と、3年間は家庭で育児ができるよう企業に要請する「3年育休」だった。

 いずれも、男女が共に家計を担う仕組みからは遠く離れ、前者は女性の出産知識の遅れ、後者は3年間夫が1人で家計を支えられる家庭を前提としている。その後、自民党の女性活力特別委員会が労働時間の規制も含んだ構想を打ち出したが、安倍政権下で生まれた産業競争力会議のメンバーからは、これに逆行しかねない案が次々と打ち出されている。

 たとえば、割増残業代は免除し、引き換えに、1日連続11時間などの「休息時間」を設ければよしとする案がそのひとつだ。日本では8時間労働を超えた場合の歯止めは事実上、割増残業代しかないから、ヘタをすれば8時間労働崩しにもつながりかねない提案だ。EUでも、1日連続して11時間は働かせてはいけない「休息時間」が設けられているが、これは8時間労働を原則としたうえで残業に上限を設けたものであって、まったく異なる構想だ。

 一定年収以上の働き手を対象に1日8時間労働の規制から除く「ホワイトカラー・エグゼンプション」の「雇用特区」への導入も一時提案されたが、これも、年収要件を段階的に下げて行けば子育て女性を直撃しかねない。働き手の生活に、寝る時間外に家事や育児・介護の時間が必要なことを無視した提案といえる。

 理科系女性の増加も女性手帳も3年育休も悪くない。だが、根底の原因である「家事ハラ」的働き方設計から目をそらせる道具としてそれらが使われるなら、女性が活躍できる社会は決して来ない。

 今回はまず、働き方をめぐる家事ハラについてのべた。今後は、「女性が輝く」ことを阻むもう一つの大きな壁である福祉政策の場での家事ハラについても論じていきたい。