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第1回 若田部昌澄・早稲田大教授(下) 日本には政策イノベーションが必要だ

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

 ――霞が関で取材しているとそういう悲観的な声はあまり聞きません。

若田部昌澄氏若田部昌澄氏

 それと永田町もそうでしょう(笑)。

 消費税増税の嫌らしいところは、おおかたの利害関係者にとっては政治的に非常によい均衡をうみだすことです。霞が関の各省庁は税収が増えるのでお金を使う裁量権が大きくなる。そのうえで政治家も「このお金が使える」と公共事業や補助金に振り向けたがるので喜ぶわけです。ですから霞が関・永田町は満足してしまう。それに対して被害を受けているのは実質的には国民です。そして、もう一つ被害を受けるのは安倍さん。「アベノミクス」という自身の名前を冠した経済政策ですからね。失敗すると安倍さんに跳ね返る。

 ――看板に泥を塗られる?

 そうですね。そしてさらに安倍さん自身がやりたいことができなくなる。安倍さんも、最初の増税も、8%から10%に引き上げる2回目の増税も、やりたくないというのが本音ではないでしょうか。

 いまの霞が関や永田町の問題は、増税の影響がひどいとなると「そのための対策をしないといけない」という話になってしまうことなのです。これは本末転倒きわまりない。財政再建のために増税したけれど、もっと景気が悪くなってさらにさらに財政を膨張させて支出しましょうということになる。でもこの策が巧妙なのは、増税しても何もしないというのは国民経済にとってもっと悲惨なことになるので、それより良い次善の策になるという点です。

 官邸はいま株価を非常に気にしているし、為替の動きも気にしているわけです。あまり誉められた手段ではないですが、公的年金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の改革によって公的年金の運用先のポートフォリオを変えるという期待が株式市場に大きなインパクトがあって株価が上がっている。しかも円安に振れていて余計に株が買われています。政権にとってはそういう目先の株価が重要という認識があって、消費税増税がどういうインパクトをもたらすのか、どこまで真剣に考えているのでしょうか。

 おそらく安倍さんと菅官房長官は痛いほど気づいているとは思いますが、自民党の大半の政治家と霞が関の官僚は増税に期待しているでしょう。ですから2回目の増税を延期するというのは、非常に確率が低いでしょうね。

 ――そうしたなかで10%にまで増税したら、どんな影響があるでしょう?

 シナリオは3つあります。(1)予定通り増税する、(2)増税を延期する、(3)増税は予定通りするけれど、プラスして景気対策をやる――。

 一番良いのは(2)だと思いますけど、結局(3)の「増税プラス景気対策」が一番行われそうな政策でしょう。ここで、かなりの対策を打たないと危ない状況になるのではないかと思います。アベノミクスの再起動が必要です。

 ――経済危機の中で増税することは政策的に見て良い結果をもたらすのでしょうか? 英国のキャメロン政権も欧州経済危機のさなかに増税し、緊縮財政政策を展開しましたが。

 英国はある面でとても日本に似ていて、2010年に金融緩和する一方、付加価値税の税率を引き上げました。英国はマイナス成長を抜け出そうという景気回復局面で緊縮財政と増税をしましたが、もしこれをやらなかったならば、もっと景気回復のカーブは上にのびたはずなんです。「オステリティー」(緊縮、質素、倹約生活の意味)と呼ばれているのですが、これで低所得者や年金生活者など社会的弱者にマイナスのしわ寄せが生じています。

 しかし英国はこのとき、

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