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[3]「本」への激しい拒絶反応を見せる理由

有料サイトや書籍は不当な金儲け?利権で食い物にされ、搾取されているという妄想

香山リカ 精神科医、立教大学現代心理学部教授

 先ごろ発表された前年の「出版統計」によると、書籍の売り上げは前年比4%減の7.544億円。雑誌は前年比5%減の8.520億円。書籍は、ピークだった1996年と比較すると約31%の減少、雑誌は、ピークの97年と比較すると実に45.5%の減少なのだという(出版科学研究所調べ)。

 衝撃的な数字だが、「本を読む人は激減している」というのは体感としてはよくわかる。

 この連載でこれまで2回にわたり、「愛国保守」の旗印のもと、主にネットで太平洋戦争を正当化したり中国、韓国への敵意をむき出しにし、平和や国際協調を主張する人を「反日、サヨク、売国奴」とののしる発言を繰り返す、いわゆる「ネトウヨ」と言われる人たちとの空しいやり取りを紹介してきた。

「おまえはどう思うんだよ?」

 ツイッターでよく彼らは私に、歴史や民族などについて「おまえはどう思うんだよ?」などとぞんざいな口調で質問を投げかけてくる。いずれもとてもひとことで見解を述べられるようなテーマではないので、ある時期まで私は書名をあげて「私の見解もそれとだいたい同じです」などと答えてきた。それでも食い下がってくる人には、「まずあなたも読んでください」と議論の共通前提となりそうな書物をすすめてきた。

 「日本が戦争を始めた経緯について論じたいなら、まず加藤陽子さんの“それでも、日本人は『戦争』を選んだ”を読んでみて。」

 「アイヌは純血じゃないから民族じゃない?最近の民族の定義、昔と大きく変わったんですよ。岩波新書『民族とネイション』でご確認ください。」

 しかし、そこで「わかりました。読んでみます」と答えが返ってきたのは記憶にある中では3度か4度、その後、「読んだ結果、こう思いました」と読後感が送られてきたのはわずかに1度だけだ(正確に言えば、雑誌の特集記事を推薦して「立ち読みしたがくだらなくて途中でやめた」という答えが返ってきたことがもう1度あった)。

 あとは、書名をあげたことで、逆に「勝ち目がなくなって本に逃げた」「おまえのすすめる本なんか読むわけない」「ブログにでもおまえの意見を書いてみろ」など火に油を注ぐ結果になったのは前回までに述べた通りだ。

激しい拒絶反応の理由とは

 彼らは、なぜこれほど「本」に対して激しい拒絶反応を示すのか。

 考えられる理由は、大きく分けてふたつある。

 ひとつは、「本はお金がかかる」からだ。とはいっても、これは単に「お金が惜しい」というのとは微妙に違うのではないか。もっと端的に言うと、その背景にあるのは「自分のお金で、なぜ好きでもない出版社や著者を儲けさせなければならないのか」という発想に近いと思われる。

 それは、彼らに「この本読んで」と勧めたときに返ってくる、「なぜあんたが読めという本にオレがカネを出すわけ?」「お仲間を儲けさせようと必死ですね」といった返事からも見てとれる。

 私に言いがかりと言ってよいような質問、批判を執拗に送りつけてくる人たちに、「『WEBRONZA』の連載を読んでもらえますか」と言って、「なるほど。ツイッターで煽ってアンチを有料サイトに誘導する炎上商法ですね」などと、さらに激しい攻撃にあったこともあった。

有料サイトや本は「不当な金儲け」

 彼らは、「本当に伝えたい主張、役立つ知識なら無料で提供すべき」と思っており、それ以外の有料な知識すなわち有料サイトや本は、自分の金を搾取して行われる誰かの「不当な金儲け」だと考えているのだ。

 自分の金を搾取して、誰かが不当な利益を得ようとしている。もっと言えば、人が積極的に動くのは、この「不当な利益」のためにだけだという発想だ。

 この考えは根強く、近年、吹き荒れている社会的マイノリティに対する差別の嵐に対抗する動きも、

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