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巨大津波は「想定外」だったのか?

10年以上前に津波の高さを詳細に計算していた電力業界

小森敦司 朝日新聞経済部記者(エネルギー・環境担当)

情報公開請求でわかったこと

 「史上まれにみる大きな津波により、電源喪失の状態となり、冷却機能が失われた」――東京電力は2011年の福島第一原発事故の原因に関してそう説明している。だが、事故の被災者らは各地で起こした集団訴訟で、東電は巨大津波を予見していたし、備えることができたはずと追及している。

 記者は、これらの訴訟に関連して過去約1年、津波に関する資料を国に情報公開請求してきた。開示された文書を整理すると、原発事故から10年以上も前の1997年時点で、東電をはじめとする電力業界が、各原発を襲うかもしれない津波の詳細な計算をしていたことが分かった。

 97年は、運輸省や建設省(いずれも当時)など関係省庁が、津波防災対策のための「4省庁報告書」(正式名称は「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査」)をとりまとめようとしていた時だった。93年の北海道南西沖地震による津波で北海道・奥尻島が大きな被害を受けたため、想定しうる最大規模の地震で生じる津波の数値解析をして、海岸の保全施設との関係を調べようとしたのだ。

 この報告書の付属資料には、太平洋沿岸部の市町村別に「想定津波」の高さの平均値が載っている。例えば、福島第一原発がある福島県の大熊町は6.4メートル、双葉町は6.8メートルとなっている。

 当時、津波の高さの数値解析の精度には誤差があるため、半分~2倍の違いが出るとされていた。そうすると、たとえば、敷地が海抜10メートルの高さにある福島第一原発1~4号機は津波に余裕がないことになってしまう――東電をはじめ電力会社は、自らの原発を襲うかもしれない津波を相当、心配したはずだ。

 実際、開示された97年から98年の津波に関連する資料は、電力会社から提出されたものを中心に分厚い電話帳1冊分ほどの量にもなった。電力会社が津波に相当な懸念を抱いていたことを裏付けると言っていいだろう。また、開示されたのは、経産省(当時は通産省)の規制部門が保有していたからだ。国は、電力会社が津波の高さについて強く心配していたことを認識していたことにもなるのではないか。

 開示された文書の中で重要と思われるものを、以下、時系列に沿って並べてみる。

1)1997年5月22日に出されたとみられる文書

電事連から出されたとみられる文書の一部電事連から出されたとみられる文書の一部

 タイトルは、「4省庁の津波防災に係わる検討が原子力へ与える影響について」。A4判で2ページ。左上に、手書きで、「H9 5.22 電事連より」との書き込みがある(=写真1)。

 その内容をみると、「課題」の項目には、「構造物の設計ではなく防災の観点とはいえ、他機関において津波の評価方法に係わる指針が制定されれば原子力としても大きな影響を受けることが予想される」とある。「4省庁」の動きを警戒していたことは間違いない。

 文書はそこで「四省庁の動向を踏まえ、原子力における津波に対する安全性評価指針の制定について検討していく必要がある」と記していた。
 察するに、これが2002年、電力会社の社員が多数加わった土木学会の部会が原発の津波想定のための手法をつくったことにつながったのではないか。原発事故のあと、東電は、この手法に頼って津波想定が甘くなった、との批判を受けている。

2)1997年6月6日付の手書きの便箋

東京電力から出されたとみられる便箋。「福一」は福島第一原発を指す東京電力から出されたとみられる便箋。「福一」は福島第一原発を指す

 右下に「東京電力株式会社」と印刷されている便箋は、右上に日付として「H9年6月6日」と手書きで書き込まれていた。手書きの文面の末尾には、送り主として「東京電力(株)」と書かれていたが、その後ろの文字は個人名だったのだろう、黒塗りになっていた。

 文面は「前略 先般ご依頼のあった津波に関する資料をまとめましたのでお届けします」で始まる。

 この便箋に続く形で、各原発立地点の津波に関する詳細な検討資料も開示された。東電が各社の資料をとりまとめて、通産省の規制部門に出したことがうかがわれる。

 便箋上の手書きの文面は、4省庁報告書に関してこう記す。

 「計算結果から読み取った各サイト付近の津波高さの値を見ると福一、福二、東海地点はNG。バラツキを考慮する場合、厳しく見積もると約2倍する必要があり、東通以外はNGの可能性大」

 福一、福二はそれぞれ東電の福島第一、第二原発を指し、東海は日本原電の東海原発を指す。「NG」との表現に驚かされる。東電広報部にたずねると、「資料は東電で作成したものと推測されるが、当社にはないため、詳細は不明です」との答えだった。

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