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[29]パナマ文書と「日本死ね!!!」

パナマ文書が明らかにした問題は私たちの足元の問題ともつながっている

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

 パナマ文書が話題になっている。日本では当初、中国やロシアの政府の腐敗ぶりを示すものとして報じられた。日本の大手企業経営者の名がちらつき始めた最近でも、税金を払わない富裕層など、どこか遠くの人々のスキャンダルとして取り上げられがちだ。だが、この問題は、「保育園おちた 日本死ね!!!」のブログにも見られる私たちの足元の現実と、密接につながっている。

「財政難だからしかたない」への疑問

オフィスやマンションなどの高層建築が林立するパナマ市の新市街オフィスやマンションなどの高層建築が林立するパナマ市の新市街

 4月27日、「公正な税制を求める市民連絡会」(宇都宮健児代表)は、「パナマ文書の徹底調査等を求める声明」を発表した。貧困問題に取り組む専門家や市民活動家らが中心メンバーの同会が、なぜパナマ文書に言及するのか。声明は、次のように述べる。

 「財源不足を理由に、年間3000億円から5000億円の社会保障費を削減する政府の方針(いわゆる骨太の方針2015)のもと、保育、医療、介護、年金、障害、生活保護等幅広い分野で、給付削減、自己負担増等が進められる中で、流出したパナマ文書を巡り、富裕層や大企業によるタックス・ヘイブン(租税回避地)を利用した税逃れへの批判が高まっている」

 政府は、生活保護の削減、介護報酬の切り下げを相次いで打ち出してきた。その理由として、いつも挙げられるのが「財源不足」だった。

 グローバル化の中で主要産業だった製造業は日本を脱出し、非正規化も進み、2012年段階で、6人に1人が貧困の社会になっている。とりわけ、次世代を担う子どもの貧困は深刻だ。社会保障の安全ネットの強化が不可欠な時代になっているのに、「財源不足」を理由にされると私たちは口をつぐんでしまう。

 その壁の最初の突破口が、フランスの経済学者、トマ・ピケティの『21世紀の資本』だった。

 ピケティによると、戦後の社会は、富裕層から多く税を取る累進課税を通じて低所得層への再分配を強め、格差を縮小してきた。だが、1980年代以降、富の再集積による富裕層の力の増大の中でこうした税の役割が脅かされ、「小さな政府」路線を生んできた。

 朝日新聞が2008年から連載したルポ「公貧社会」は、税収が減り、公的部門だけが赤字化した社会で適切な政策が阻まれている状況を描いた。だが、ピケティが明らかにしたように、「小さな政府」や「財政難」が税制の変化によって生まれたものなら、税の取り方と税の使い方を変えることで社会保障の再強化は可能かもしれない――。「公正な税制を求める市民連絡会」が昨年5月に発足したのは、そんな思いの人々が集まったからだ。私も、『ピケティ入門~「21世紀の資本」の読み方』(2014年、金曜日)を執筆中に同じ思いにとらわれ、この連絡会に参加した。

 今回のパナマ文書は、こうしたピケティの衝撃に続き、大手企業や富裕層から税を集められない構造の一端を明るみに出した。

「日本死ね!!!」の背景

 この3月に日本社会を席巻した「保育園落ちた 日本死ね!!!」のブログも、こうした「公貧社会」とそれを生む税の取り方・使い方の延長線上にある。

 男性の雇用が不安定化する中で、日本も女性が働かないと家計がもたない社会へと転換しつつある。そんな社会で、保育・介護サービスは暮らしの命綱だ。

 女性の家庭内保育・介護に依存してきた日本社会では、とりわけ、その不足度は大きい。ところが、この部分への公的資金の投入はなお鈍い。

 保育施設を増やしても、保育士の人手が追い付かない。待遇が悪くて資格を持つ人が働きに出てこないからだ。2013年の厚労省調査では、潜在保育士の約47%が、「仕事の割に賃金が合わない」と回答している。

 これを埋めようと政府は保育支援員制度を設け、子育て経験のある主婦などを対象に20時間程度の研修を施すことによる准保育士ともいえる資格をつくった。さらに、海外から低賃金の家事労働者を国家戦略特区に導入し、ベビーシッターや在宅介護の形で利用者が自己責任でサービスを購入する仕組みをこの春から始めた。

 公的福祉の戦線縮小だ。

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