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日銀の異次元金融緩和が「失敗」したとはいえない

だが、日銀が現在、その役割を十分に果たしているか否かは別問題である

吉松崇 経済金融アナリスト

インフレ目標の達成時期を先送りした日銀

衆院財務金融委に出席した安倍晋三首相(左)と麻生太郎財務相(右)。中央は答弁する黒田東彦日銀総裁=2月24日衆院財務金融委に出席した安倍晋三首相(左)と麻生太郎財務相(右)。中央は答弁する黒田東彦日銀総裁=2月24日

 日銀は、11月1日の金融政策決定会合と同時に「経済・物価情勢の展望」(いわゆる「展望レポート」)を発表した。その中で、従来「2017年度中」としていた2%物価目標の達成時期が、「2018年度頃へ」と先送りされた。

 これを受けて、「日銀の異次元金融緩和は失敗ではないか?」という趣旨の報道が多く見られる。とりわけ、「2018年度」ということになると、黒田日銀総裁の5年の任期中には2%物価目標は達成できないということになるので、この観点からの黒田総裁に対する批判も強いようだ。「異次元緩和をくりかえした揚げ句、任期中に当初の目標が達成できないのは無責任ではないか?」というわけだ。

 たしかに、民間企業の経営者であれば、就任に際して掲げた目標が任期の半ばで達成できないことがはっきりすれば、責任問題になるであろう。当初は2年で達成できるとしていた目標が何度も先送りされ、3年半たっても達成されていないので、こういう批判が出て来ることは無理もない。

 それでは、これをもって、日銀の異次元金融緩和が「失敗」であったといえるのであろうか?

インフレ目標は中間目標に過ぎない

 結論からいえば、インフレ目標が当初の予定通りに達成できていないことをもって、金融政策が「失敗」したと結論づけることに妥当性はない。

 なぜなら、金融政策の真の目的は、日本経済を潜在成長水準に引き上げること、言い換えると、望ましい雇用水準(完全雇用)の達成とこれに伴う所得の増大であって、インフレ目標はこれを達成するための中間目標に過ぎないからだ。

 世界中のほとんどの中央銀行が2%のインフレ目標を掲げて金融政策を運営しているのは、0~1%のインフレ率では、ましてやデフレでは、望ましい雇用水準(完全雇用)を達成してこれを維持するという最終目標が到底達成できないことが、過去の経験から明らかだからだ。

 したがって、黒田日銀の金融政策に評点をつけるのであれば、黒田総裁就任以降の3年半で、雇用や所得がどの程度回復したかを見る必要がある。

雇用と所得の回復が続いている

 総務省の労働力調査によれば、最新時点(2016年9月)の完全失業率は3.0%であり、黒田総裁が就任して異次元緩和を始める前月(2013年3月)の4.1%から1.0%改善している。同じ期間で、就業者数は6,293万人から6,449万人へと約150万人増加し、そのうちの雇用者数は5,526万人から5,744万人へと約220万人増加している。

 なお、「雇用が増えているといっても、非正規ばかりだ」というのが、よくある批判だが、正規雇用も2015年第4四半期を底に増加に転じ、2016年第3四半期(7~9月)の正規雇用者数は、前年同期比31万人増の3,360万人となっている。

 労働市場の需給を示す有効求人倍率は2016年9月に1.38となり、これは実に1991年10月、つまりバブル末期以来の水準である。

 一方、実質雇用者報酬(季節調整値)は、2016年7~9月期で前年同期比2.8%増加し、消費税増税で落ち込んだ2014年7~9月期と比べると4.5%も増加している。ただし、消費税増税や社会保険料負担増の影響で、可処分所得はほとんど横ばいなので、雇用者にとって、報酬増の実感がないのは当然である。

 このようにデータを見れば、黒田総裁就任以来の日銀の「量的・質的金融緩和」により雇用が改善し、雇用者所得も増加していることは明らかだ。消費税増税が実質所得改善の足を引っ張ったことは明らかだが、これは日銀のせいではない。

 以上より、黒田日銀の過去3年半の金融政策が「失敗」であったとは言えないだろう。

現在の日銀の政策は妥当か?

 しかし、日銀がその役割を、現在、十分に果たしているか否かは別問題である。

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