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国産初のジェット旅客機・MRJの意義と課題

高い品質による安全な旅客機の開発は日本の国際貢献だ

鈴木真二 東京大学大学院教授 工学系研究科航空宇宙工学専攻

グラント郡国際空港に到着したMRJ=9月、米モーゼスレーク
 三菱航空機が開発を進めている国産初のジェット旅客機MRJの試作4号機が日本時間の11月19日、米国ワシントン州グラント・カウンティ国際空港に到着した。日本時間9月29日に同空港に到着した試作1号機がアラスカ経由の北回りだったのに対して、ハワイ経由の南回りになったのは冬季に入ったためである。MRJはこの後、さらに2機が米国に渡り、現地で試験飛行を続ける。試験環境に優れ経験者の雇用も容易な米国で、試験飛行を加速させる狙いである。

MRJの飛行試験総時間は2500時間に

 旅客機は最も複雑で高い安全性の要求される民間製品の一つと言える。しかも、航空機事故の教訓を踏まえ、設計要求は厳しくなり、検査項目も増えている。例えば、半世紀前に開発された戦後初の国産旅客機YS-11では、試験飛行機は2機で、試験飛行の総時間は1000時間であったものが、MRJでは試験飛行機は5機準備され、飛行試験総時間は2500時間に及ぶと言われている。

 また、旅客機製造事業は設計、開発試験に多額の初期投資を必要とし、しかも、製造は月産10機のレベルであり、投入資金の回収には長い年月を必要とし、就航後のリスクも抱えている。こうした理由により、旅客機を製造販売できる国は、欧米とロシア、カナダ、ブラジルに限定され、中国が新たに参入したに過ぎない。

 わが国が過酷な旅客機開発に挑む理由はどこにあるのか。一つは、日本の航空機産業の内部事情にある。YS-11で単独での旅客機開発事業が困難であることを学んだ日本は、米国ボーイング社との共同開発を目指し、ボーイング社の製造分担により民間航空機部門を成長させてきた。世界の民間航空輸送量は年間5%近い成長が、特に経済成長の著しいアジア太平洋地区での急成長が期待でき、日本もその成長を享受できようが、長期的には楽観できない。他国の追い上げも急であり、パートナー企業の戦略に依存してしまうからだ。

 また、日本での成長が限定的になるのは、利益は本質的に開発元に集中するし、利益率の大きな装備品と呼ばれる精密機器は日本では本格的な産業に育っていないため、産業の広がりがないからである。そもそも、販売後の機体のサービスに関与できないため、独自に製品開発しようにも、重要な顧客情報を入手するすべがない。例えば、日本の自動車産業が海外メーカーにボディーの一部を提供していたとしよう。自動車を設計企画できる情報や技術が国内では獲得できず、巨大な関連部品産業も育ちようがない。国内の航空機産業の構造改革を進めるためには、旅客機を主体的に国内で開発し、自主的に販売し、サービスを提供しなければならない事情があった。

MRJは国内製造業の構造改革に向けた象徴

 この10月に東京で開催された国際航空宇宙展(JA2016)の前日、30もの国内各地域の航空産業クラスター(産業集積団体)が結集した。工場の海外移転や、事業撤退など疲弊する国内製造業の新たな目標として航空機産業へ熱い関心が寄せられている。高度な製造業の技を発揮し、他国の追従を許さない新たな産業を各地が求めている。単なる部品の寄せ集めではなく、複雑で高度な技術を必要とする産業を求めているのだ。MRJは国内製造業自体の構造改革に向けた象徴といえる。実際には、MRJの部品の7割は実績のある海外からの調達と言われるが、国内での新たな産業の萌芽は各地で起きつつあり、今後、航空機部品開発へ乗り出す企業の呼び水にもなる。

 人を乗せて空を飛ぶ航空機には、無駄の許されない高度な設計の最適化と、安全性と信頼性の厳密な証明が求められる。MRJの部品は100万点といわれ、自動車の数万点をはるかに超える。自動車産業が他国に対して優位性を保持できているのは、複雑なシステムの最適化(すりあわせ技術)が要求されるためで、パソコンやスマホのように標準化した部品の組み合わせですむモジュラー製品とは本質的に異なるためであると認識されている。航空機はさらに複雑な「すりあわせ」が要求される。設計した航空機が安全であることを製造する国、さらに飛ばす国が型式証明として認証しなくてはならない。この認証も年々複雑化する。例えば、

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