メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[35]マイナンバーカードを身分証に!?

個人情報をさらされる不安が国家公務員の間に広がる中、リスクをどう位置付けるか

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

 マイナンバーカードといえば、個人情報が多数含まれていることから、注意して保管すべきものとして知られている。このカードを「国家公務員の身分証」として利用するという計画が、この4月にもスタートする。

 身分証は各省庁のゲート通過や省内の部屋に入る際の通行証を兼ねているため、カードを日々持ち歩くことが事実上、義務付けられることになる。職員の間には、万一落とした場合の個人情報の流出などへの不安が強く、国家公務員が加入する国公労連や各省庁の職員労組は再考を求めている。

 カード普及のためまず公務員が率先して、という趣旨だが、公務員の義務と個人情報を守る権利の兼ね合いをめぐって、議論を呼びそうだ。

持ち歩きを義務付ける?

出勤していく公務員たち出勤していく公務員たち

 発端は2014年6月24日の「世界最先端IT国家創造宣言」の閣議決定だ。

 ここでは「個人番号カードについては、そのIC チップの空き領域や公的個人認証サービス等を活用し、健康保険証や国家公務員身分証明書など(中略)により、広く普及を図る」とされ、その第一歩として、今回の身分証化が始まった。

 当初は昨年4月から一斉に導入される予定だったが、機械の不具合などで遅れ、「できるところから先行実施」として、今年度末に従来のIC身分証カードの更新期が来る経産省や、総務省、人事院、文科省が導入することになり、その後、順次、他の省庁でも導入する方向だ。

首から下げるカードケースに入れて持ち歩く

 方式としては、首から下げるカードケースにマイナンバーカードを入れ、住所などの個人情報が書いてある部分を目隠しするプレートを挟むことで名前と所属などだけが見える形にする。

 マイナンバーカードは、一般の人々に対しては、カードの利用範囲やセキュリティーの面でまだはっきりしない点が多いことへの不安を考慮して、取得するかどうかは任意とされている。

 このため、国家公務員もカードの取得は原則として任意だ。だが、省庁に入るときのゲート通過や、施錠された部屋への入室には身分証が通行証代わりに使われるため、この制度が導入されると、マイナンバーカードを取得して常に持ち歩かないと仕事ができないことになる。このため、国公労連や、各省庁の職員労組では、マイナンバーカードの持ち歩きの事実上の強制として、再考を求めてきた。

かみ合わない議論

 国公労連の鎌田一書記長はこう話す。

 「重要な個人情報が入ったカードを落としたり置き忘れたりする確率が高まり、職員が安心して働けなくなる。また、従来の身分証で支障は起きていない。公務員だからといって、カードの普及のためだけに、個人情報が危うくなりかねない措置まで受け入れるよう求めるのは、行き過ぎでは」

 これに対し、担当の内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室は、こう反論する。

 「今のマイナンバーカードは社会保障と税、災害補償関係に関連情報が限定され、各機関が分散して情報を管理しているので芋づる式に広範囲の個人情報がもれることはない。しかも、運転免許証などによる本人確認を併用する仕組みなので、運転免許証や銀行カードと同様に、マイナンバーカードも落としたことが、すぐに大量の個人情報の流出につながるわけではない」

 また、カードは100%取得を目指しており、2014年の閣議決定の際に先行各省の服務規定に身分証として利用することも盛り込まれてはいるが、「任意」の原則にのっとって取得したくない人には代替身分証を発行し、これを見せて受付で一時通行証を発行してもらえば入館できる、とも説明する。

 だが、職員の一人は、「一時通行証では施錠された部屋には入れず、事実上の強制。にもかかわらず建前では『任意』とされ、万一、事故が起きた時にどこまで責任をとってくれるのかわからない。そもそも個人の運転免許証や銀行カードを毎日首からぶらさげさせたりするでしょうか」と不安を訴える。

窓口業務に携わる女性職員の不安

 一線の窓口業務に携わる女性の職員の間では、マイナンバーカード以前に、名札にフルネームが書かれることだけでも不安を訴える声が強まっている。ハローワークなどの不特定多数の人と対面する業務の職員が、名札の名前を手掛かりに公務員宿舎を割り出され、宿舎の前で待ち伏せされたりする例など、つきまといが少なからず起きているからだ。

 特にマイナンバーカードを利用した身分証には、フルネームに加え、住所、生年月日、性別などのほか、自署による氏名も記載され、この持ち歩きを義務付けられることの不安は大きい。

 省庁によっては、マイナンバーカードの職員への普及に労組も協力することと引き換えに、カードと身分証を切り離すよう求めているが、従来型の身分証発行では予算が認められないとして受け入れられていないという。

身分証化は非正規公務員にも波及

 こうした中で、厚労省の労働担当職員の労組、全労働省労働組合の森崎巌委員長は、国家公務員をモデルとすることで、非正規公務員や自治体職員、民間企業の社員にもマイナンバーカードの身分証化が波及することを心配する。

 すでに文科省のサイトでは、昨年10月26日付の研究開発局非常勤職員(期間業務職員)の採用のお知らせの中で、採用後は、マイナンバーカードを身分証として使用するため、あらかじめカードの取得の手続きをするよう求めている。

 カードの取得や持ち歩きに不安を感じたとしても、生活費を稼ぐことと引き換えにされれば選択の余地がなくなるため、民間も含めて雇用と絡めることで、マイナンバーの普及・拡大を図る動きが出るのではないかという懸念だ。

 一方、2017年1月14日付「朝日新聞」の投書欄では、20代女性が、スーパーのレシートにフルネームが印字されていることについて、女性パートへのストーカー被害を誘発しないかと警告を発している。

 この女性自身、バイト先の小売店のレシートにフルネームが印字されていたことで見知らぬ男性にSNSで名前を検索され、「バイト先の近くに住んでいるんですか」というメッセージが送られてきて「ぞっとした」からだという。

 個人情報をさらされることによる被害と不安が広がる中で、マイナンバーカードを身分証化することのリスクをどう位置付けていくのか。国家公務員の身分証問題のすそ野は、意外に広いといえるかもしれない。