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税金とは investment(投資)だ

北欧モデルは徹底した情報公開による「信頼」の上に成り立っている

伊藤裕香子  朝日新聞論説委員

北欧といえば、高福祉国家。そして、ムーミンも北欧のイメージの代表格。スウェーデンと海を挟んだ隣国フィンランドのタンペレ市には、ムーミン美術館がある
 「高福祉・高負担・高幸福度」の北欧モデルのもとで暮らす人々は、「高負担でも幸せ」ということなのか。

 大半の人が所得税を納め、日本の消費税にあたる付加価値税の税率は25%前後にのぼる。税金の高さに、本当に納得しているのか。そもそも、税金をどのようにとらえているのだろうか。

 スウェーデンに滞在した1週間、街中で出会った43人に、ひたすら聞いてみた。すべての人に、この質問から始めた。

 あなたにとって、税金とは何ですか?

日本では「社会を支える会費」だが…

 ちなみに、日本の国税庁は「税金は社会を支える会費のようなもの」(税の学習コーナー入門編)と位置づけている。

 スウェーデンで多かった答えが「investment(投資)」だ。「社会に対する補助」「将来への貯蓄」「セーフティーネットのため」「みなが平等に恩恵を得るもの」など、表現は違うが趣旨は変わらない。ほとんどの人が、考え込むことなく答えた。

 ストックホルム市郊外の図書館に、3歳の娘と来ていたウッラマリーさん(37)は「税金は、社会福祉のために使われるもの。当然のこととして、人が平等に生活できるためのものかな。それにしても、いい質問だわ」と話した。安心して子育てができるし、税金を払っていれば不安にならずに済むそうだ。

 バスの女性運転手のソフィアさん(40)は「医療や学校に使われ、その分自己負担が要らないから、やっぱり投資かな。少し高過ぎるけど、払う価値はあると思う」と、発車までの待ち時間に答えてくれた。

税金の取材に応じてくれたエラさん。「スウェーデンの目標は、平等、均等に可能性を得ること」と教えてくれた
 この秋からスウェーデン王立工科大学に入学するエラさん(21)が「自分だけでなく、家族や子ども、社会全体に対しての投資」と考えるようになったのは、オーストラリアに留学した際、学費として約10万クローネ(約130万円)を払ったことが原点にある。それまで国内では学費が無料だった分、「では、納めた税金は何に使われているのか」「本当に平等なのか」といったことに、自然と関心が向かったという。「自分で稼いだお金は、もっと自分のために使いたいと思いませんか?」と尋ねると、「明日、私が病気になっても、ある程度の治療は受けられる安心感があります。だから、税金を払うことには価値があると思う」と返ってきた。

 そこで「日本では『税金は払わないほうが得』と思う人が、結構いるかも」と話を向けてみると、笑い出し、「では、何に使うの?」「税金を払わないなら、何で社会保障や教育のお金をまかなうの?」と、続けざまに日本の状況を聞き返してきた。

「税金をとられる」には不思議な顔

 多くの人にとって、私の質問自体が面白かったようだ。日本では想像もできないことだけれど。

 立ち止まって丁寧に答えてくれるうえ、よく「日本人は、税金をどう考えているのか?」と逆質問された。真正面から聞かれてみると、答えるのはけっこう難しい。「国は、よくむだ遣いをする。だから、税金を『とられている』という感覚の人が多いのかもしれない」などと言ってみたが、不思議そうな顔をされた。

 日本では「国民は税金を負担する分だけ、受益を感じているか」という議論が常にある。来年10月には消費税の税率が10%に上がる予定だが、その際に食品などに適用される軽減税率も、買い物の際に感じる「痛税感」を解消するため、という議論から始まった。

 スウェーデンでは付加価値税の税率が25%、食品でも12%と日本より高い。所得税は、高校生のアルバイト収入からも納める。

 より高い「投資」を負担しているのなら、より多い「受益」も求めているのだろうか。

 そう尋ねると、「治安が悪くなり、安心感を持てない」(21歳の学生、アダムさん)「適切なところにお金が使われていない。税金は払いたいと思うけれど、自分の会社からみれば受益は全くない」(57歳の自営業、サンナさん)という不満げな声もあった。

 でも、この国では、受益を求める人ばかりではない。

 電車の乗り換え駅で出会った38歳のソフィアさんは「税金を払うことを前提に、生まれ育っています。だから自分に戻ってくるかどうか、という考え方はしません」ときっぱり。29歳の社会福祉士のミカエルさんは「子どもが産まれたり、病気になったりしたら恩典があるけど、そういう必要がなければ税金は戻らないもの。社会福祉に対する投資とは、そういうものではないですか。一生若いままでいたいと思っても、そうはいかないですから」と話した。

スウェーデンの国税庁の建物には3枚の羽根のロゴがある。街の税務署にも同じロゴが掲げられている=ソールナ市

 小学校で習う「税金」

 スウェーデンでは、憲法にあたる統治組織法の第2条で「公権力はすべての人々の平等な価値と個人の自由及び尊厳を前提として、行使されなければならない」と、民主主義の基本原則をうたっている。その理念が、多くの人に共有されているのだろうか。

 自分、もしくは未成年の場合は親が払っている所得税の税率についてはどうか。大半は「私は35%」などと、具体的な数字で答えた。「覚えていない」は数人だけで、話しながら駅に向かって歩いていた2人の22歳の大学生、ユリヤさんとナリヤさんは「大学の教育も税金から払われ、所得が高い人の税率は55%になりますよ」と、丁寧に解説してくれた。

 スウェーデンの国税庁によると、小学校では社会科の勉強で「税金はお互いに助け合う制度」であることを学ぶ。17、18歳にもなれば、ほとんどがアルバイトをするので、「税金に関するしっかりとした知識」はだれもが持ち合わせている、という。「ちょうど社会の授業で勉強したばかり」という13歳の女の子に聞くと、「学校や病院などに使われていると、習いました。中学にいっても学ぶと思います」と真剣に答えてくれた。

 国税庁のロゴは、扇風機の3枚の羽根が組み合わさったような形をしている。必要な税金を計算し、集め、サービスに分配する機能がぐるぐると回って、社会がつながっている「高い税金のモラル」を示している。

 そんな高負担・高福祉の国には、世界中から視察や取材が絶えない。

税務署で「見られる」個人の所得

 税金とは何ですか?

国税庁のヨハン・シューマンさんは、ベンジャミン・フランクリンの言葉「この世では、市と税金を除いては何も定かではない」をひいて、「全員が社会を支えている感情があれば、税金は払うものです」と話す
 クウェートのテレビ局が最初に聞いたことは、私が街中で尋ね回った質問と同じだった。国税庁デジタル共同開発担当長のヨハン・シューマンさんは「税金こそが市民的な社会をつくり、人々の生活に入っていくものです」と答えた。歳入の大半を生産される原油の輸出の売り上げでまかなえる国からみれば、驚く答えだったのか。「だれか、ごまかそうとはしないのですか?」と問いが続くと、「サービスの水準が高く、納税の手続きが簡単になれば、重荷ではなくなります。全員が社会を支える感覚になりますから」と応じた。

 国民には、生年月日と4けたの数字をあわせた個人番号がある。その番号さえわかれば、電話で問い合わせたり、税務署の端末から入力したりすると、だれの所得でも見ることができるシステムがある。フランスやドイツなどから取材や視察にきたほとんどの人が、驚愕するという。

 街で尋ねた43人も、大半がこのシステムを知っていた。でも、使ったことがある人は1人だけ。「上司や同僚の分を、興味本位で一度みたことがある」というベスナさん(42)も、「そんなに大切なものではない。何も秘密ではないし、だいたいはわかっているし」と関心は低い。

 せっかくなので、税務署へ行き、端末の使い方を職員に聞いてみた。

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